ちょうどいい機会

第2次交通戦争の時代が終わってからこっち、次の有効な策が見当たらず手詰まり状態で“正体不明の何者かの力”頼りだった交通事故死者減。昨年(2015年)の事故死者は前年比4人増の4117人であり、3000人台を目前にして何者かの力に衰えが見え始め、ところが、そこに登場した運転支援システムは、衝突安全性に優れた自動車の普及のごとく劇的な効果を発揮するものではないにしても、確実な、一定の効果が期待できる“次の一手”だった。

警察は確信したに違いない。

交通事故死者数は、この先、確実に減少していく、と。
そう遠くない将来、間違いなく3000人台まで減少する、と。

そこに降って湧いた、古屋圭司国家公安委員長の冒頭の発言だった。
その時点で、警察庁は制限速度の引き上げを決断したはずなのだ。

ちょうどいい機会だ、と。

言い換えると、“確実な効果が期待できる次の一手”が現れていなかったら、いかに国家公安委員長の発言があろうと、今回もまた、制限速度の引き上げは間違いなく見送られたはずである。

制限速度の引き上げを決断した時点で、重大事故につながる、とか、高齢運転者や大型トラックの問題、速度差によって生じる危険等々(第29回参照)、一部からにせよ反対意見が寄せられることなんて警察庁は百も承知。それでも実施に踏み切ったのは、新東名と東北道の一部区間の制限速度を120km/hに引き上げても事故は増えないという自信があるからなのだ。しかも、それは絶対的な自信である。そうでなければ、石橋をたたいても渡らないくらい安全問題に慎重な警察庁が、制限速度の引き上げなんて認めるはずがない。

制限速度120km/hへの引き上げの背景。
肝は「交通安全」なのだ。
警察庁は、今もなお、交通安全対策は警察に課せられた責務と考えているということなのだ。

なぜ警察はそう考えるのかって?
その話は、また次の機会ということで。

(文=矢貫 隆)

制限速度引き上げによる混乱で事故が増える(増えないと思うが)ことが仮にあるとしても、それは一時的な現象と警察庁は考えているはず。
制限速度引き上げによる混乱で事故が増える(増えないと思うが)ことが仮にあるとしても、それは一時的な現象と警察庁は考えているはず。 拡大
120km/hを経験したドライバーは珍しくもないが「制限速度120km/hの道を走る」のは日本では誰ひとりとして経験していない。引き上げが実施された後、新東名(御殿場JCT~浜松いなさJCT)と東北道(花巻南IC~盛岡南IC)でどんな光景を見ることができるだろうか。
120km/hを経験したドライバーは珍しくもないが「制限速度120km/hの道を走る」のは日本では誰ひとりとして経験していない。引き上げが実施された後、新東名(御殿場JCT~浜松いなさJCT)と東北道(花巻南IC~盛岡南IC)でどんな光景を見ることができるだろうか。 拡大
矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。

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