日産マーチ ボレロA30(FF/5MT)
よりしなやかに 気持ちよく 2016.11.15 試乗記 オーテックジャパンが、自社の創立30周年を記念してリリースした、30台限定のスペシャルモデル「日産マーチ ボレロA30」。オーテックが、持てるリソースのすべてを注いで作り上げた“特別なマーチ”の走りをリポートする。年間販売5万2600台、売上高1250億円
日産自動車の完全子会社として茅ヶ崎で産声をあげたオーテックジャパンは今年、創業から30周年を迎えた。そのIR情報をみると、事業内容として以下の3つが記されている。
・特装車(少量限定生産車含む)および部用品等の企画、開発、生産、販売
・モータースポーツ車用エンジンの開発
・日産直納車・輸出車の架装請負
真ん中の項目はともあれ、上下の2つはわれわれにとっても実は意外となじみ深い。日産いわくライフケアビークル、つまり福祉車両の特装はあらかたがオーテックの手によるもので、その車種は16に及ぶ。あるいは「マーチ ボレロ」や「エルグランド ライダー」など、カタログに併載されるカスタマイズモデルを企画・生産するのもオーテックの仕事だ。以前紹介した「GT-R NISMO」もその性格上、特別架装の組付けから販売をオーテックが担っている。ちなみに15年の販売台数は5万2600台。日産……と書くと紛らわしいので1日当たりの生産と記すが、その能力は200台を軽く超えるところだろう。1250億円の売上高を含め、架装を主とする部門としては立派な数字である。
そのオーテックが、自らの30周年記念として30台の限定生産で世に送り出したのが、マーチ ボレロA30だ。
その中身はさておき、なぜマーチなのか。なぜボレロなのか。それを見た時に覚えた違和感は、オーテックの歴史を顧みればすぐに解けた。
ここもあそこも“ハンドビルド”
バブル崩壊とともに日産の経営状況が急速に悪化する中、オーテックは「ハイウェイスター」や「ライダー」といったカスタムラインを次々に成功させていき、ハイウェイスターに至っては日産側の企画生産へと昇華したわけだが、その中でも大きな人気を博したのがK11系マーチをベースとしたボレロだ。そしてルノー傘下となった後に登場したK12系マーチの世代では、それをベースとした「12SR」という走りに特化したモデルをリリースしている。そういう節目ごとに……というわけでもないだろうが、オーテックにとってのマーチとは、ルーフにとっての「ポルシェ911」やRE雨宮にとっての「RX-7」のように、自らの歴史を託せる盟友の筆頭なのだろう。
その異様な成り立ちから、A30のディテールを既報にてチェックされた方は多いのではないかと思う。
アウトラインを記せば、まず搭載するエンジンは「HR16DE」をベースに軽量・高剛性化を図った専用ムービングパーツをほぼすべての摺動(しゅうどう)域に使用。併せて吸排気系の専用チューニングに加えて手作業によるポート研磨工程が入り、その組み付けもエキスパートによるハンドビルドとなる。同形式のエンジンに専用チューンを加えた「ノートNISMO S」と比較しても、その最高出力は10ps高い150ps。レッドゾーンも600rpm高い7100rpmに設定された。
シャシー周りは荷室下のスペアタイヤ収納スペースをフラット化するとともにクロスバーを加えて剛結化、併せて前後サスペンションステーやフロアトンネル部にブレースを加え剛性を大幅に強化している。90mmのトレッド拡大はエクステリアからも一目瞭然だが、これだけの剛性強化とディメンション変更が重なれば、バネ、ダンパー、スタビライザーにアライメントも再設定しての足まわりのチューニングには、相当な手間が費やされたはずだ。足元は切削仕上げの16インチ鍛造ホイールに「ミシュラン・パイロットスポーツ3」の組み合わせとなり、それを包み込むワイドフェンダーはアーチ部を切り取ってフレア部を板金作業で継ぐ仕立て。もちろん、そこにも人の手間がたっぷりと費やされている。
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このエンジンにドンピシャの5段MT
座面も含めてコンフォート系のシェイプとなるレカロシートは乗降性に不便を感じない一方で、面支持で程よく体をホールドしてくれる優れものだ。ABCペダルの操作感触に特段の驚きはないが、シフトはワイヤ式ながらマスダンパーがしっかり効かされており、横方向の動きも含めて一定の節度は感じられた。ただしそのトラベルは至って普通でもある。
クラッチはリンケージポイントまでのストロークがやや短めながらつながり感に癖もなく、エンジン側の特性や車体の軽さも相まって、まったく気構えずに扱える。トルクは下方からガッチリ出ており、街中走行でもトップギアは完全に守備範囲。1400rpmも回っていれば十分にレスポンスするほど柔軟性は高い。そしてスロットルの開度も初手から早開きするようなことはなく、線形的に収められている。つまり微妙な加減速はとても調整しやすい。それだけに、アクセルペダルはサイズや踏力(とうりょく)の側でもう少しじんわりと触れる工夫が欲しかった。ちなみにブレーキも前後大径ディスク化に伴いマスターバックも大容量化されていることもあって、そのペダルコントロール性はリニアだ。
エンジンのパワー感は思いのほかフラットだ。普通の高回転型自然吸気なら4000rpm前後にできるだろうトルクの谷も感じさせず、レブリミットの7100rpmまで、パワーのドロップもさほど気にさせず軽々と吹け上がる。恐らくは7500rpmくらいまではスキッと回り切るポテンシャルを有しているのではないだろうか。そのフラットな特性に埋められてか、専用のプロファイルを与えられた割には、カムに乗る的なパワーの明確な盛り上がりは5500rpm以降で少し感じられる程度だ。が、回すほどに爆発の粒感がきれいにそろっていく感触は、まさにクラシックなメカチューンのそれといえるだろう。シフトのギアリングも適切ゆえ、自らの操作で回転を合わせながらのシフトダウンは実に楽しく、一方で100km/h巡航での回転数は3000rpm程度と、ロングツーリングでもせわしなさを覚えない程度の快適性はギリギリで保たれる。装備的には見劣り感のある5段ギアは、A30にとってドンピシャの組み合わせといっていいだろう。
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バキバキに固めるだけが能ではない
一般道でのマーチらしからぬ上質な乗り心地は、ワインディングを走っても変わることはない。つづら折れの切り返しでも上屋の荷重変化をしっとりと受け止め、グイグイ粘りながら思い描いたラインをビタッとトレースする。見るからに激しいパフォーマンスを想像させるワイドトレッド化は、回頭性よりむしろこのスムーズさで旋回性能に寄与しているようだ。さりとて鈍重さを感じないのは車重の軽さに起因するところが大きいのだろう。ただし、速度域がクローズドコースのような領域になると、前輪の内輪側のグリップ限界がややピーキーに訪れる。これは幅広化による接地面変化の大きさも影響しているのではないだろうか。ともあれ常に限界点を探りながらキッチリ走り込みたいという目的に対しては、LSDの装着は必須となる。それにしても、元ネタのマーチの素性からみれば、よくもここまで化けさせたものだというのが正直な印象だった。
読者の皆さんの中には、かつてオーテックが手がけたマーチ12SRを覚えている方もいるだろう。先代のK12型をベースにディメンションこそノーマルと同一ながら、このA30と同じようなチューニングプロセスで走りを磨き上げたモデルだ。メカチューンの1.2リッターエンジンをブン回してポテンザのグリップの際のキワを探りながら軽く小さい車体を振り回すドライビングの快感は、スポーツモデルが特に不毛だった時代にひときわ輝いて見えたものだ。
個人的にも希代の名車だと思っているその12SRを比較対象にすれば、このA30はうり二つなところと大きく異なるところが同居している。よく似ているのは音や振動といった内燃機の古典的なうま味を絶妙に残しながらも、回すほどにスキッと気持ちいいフィーリングが味わえるエンジンだ。対してシャシーの側は、ハイグリップのスポーツタイヤを使い切るという用途明瞭な“締め上げ”は加えられていない。高い快適性としなやかな身のこなしをもって、元ネタがマーチとは思えないほどの上質なダイナミクスを実現することに気が配られている。
それがゆえのボレロ顔であり、それがゆえのパイロットスポーツ3なのだと思えば、その仕立てにも合点がいくだろう。30周年を記念するこのクルマには、何もバキバキに走るだけが能ではないという、オーテックのさまざまな仕事の要素が含み持たされているわけだ。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
日産マーチ ボレロA30
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3865×1810×1510mm
ホイールベース:2450mm
車重:1030kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:150ps(110kW)/7000rpm
最大トルク:16.3kgm(160Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)205/45ZR16 87W /(後)205/45ZR16 87W(ミシュラン・パイロットスポーツ3)
燃費:--km/リッター
価格:356万4000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:3427km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(3)/山岳路(3)
テスト距離:128.1km
使用燃料:13.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.6km/リッター(満タン法)/10.8km/リッター(車載燃費計計測値)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。