『グレート・ギャツビー』と同じ設定

「私」は美大時代からの友人である天田政彦の好意で、彼の父が住んでいた家に住むことになった。「私」は肖像画家である。注文を受けて実業家や政治家の絵を描く。芸術作品とは言いがたい代物だが、手を抜かずに誠実に仕事をするので評判はいい。『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公が「文化的雪かき」としてライター仕事をしていたのと同型だ。

家は山の上にあった。政彦の父は著名な日本画家で、養護施設に入る前はそこで絵を描いていた。まわりに人家はなく、創作に適した環境だ。谷を挟んだ別の山の上には、白いコンクリート造りの立派な邸宅が見える。住んでいるのは免色渉という名の男で、髪は真っ白だ。色を免れるという不思議な名字は、言うまでもなく前作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』とつながっている。

展望が開けた免色邸からは、街の様子がよく見える。彼は景色を眺めて楽しむことはない。何かを渇望するように、一軒の家を毎日見続けている。もちろんこれは村上が敬愛するスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を下敷きにした設定だ。ニューヨークのロングアイランドではなく、小田原の山あいではあるが。

不便な場所なので、「私」はまずクルマを手に入れる必要があった。中古車屋で見つけたのは、格安の「トヨタ・カローラ・ワゴン」である。走行距離は3万6000kmの事故車である。ボディーカラーはパウダーブルーということだったが、ホコリにまみれて形容しがたい色になっていた。

鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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