ふたたびフェラーリを胸に

彼は留守中の店番を条件に、そのまま2カ月ほどそこで暮らしていたが、ふいといなくなり、半年ほどたつとまた帰ってきた。

店にいないときは大工場で寮住まいの期間工として働き、ある程度カネが貯(た)まると辞め、それを持ってリュウの店で、しばらくのんびり店番をして過ごすのを楽しみにしているのだ。今回の滞在で3度目だという。

「あの人は欲しい物もないですし、とにかく欲がないんです。できれば何もせずに暮らしていたいんですよ」

リュウは彼を見て、しみじみ、欲の大切さを思うという。

「もちろん、欲が必ずしもいいかっていったら違うでしょうけど、僕がフェラーリやF1マシンを買えたのは、そこそこ欲があったからですから」

それでも彼は、この激安中古車屋から、大きく飛躍するつもりはない。

「つまり、それほどの欲はないんです。もっとでっかい欲のある人が、でっかいことをやるんだと思います」

リュウの次なるささやかな夢。それはやはりフェラーリだ。

「現実的には、もう一度512TRか『テスタロッサ』。最終的には『275GTB』か『デイトナ』が欲しいです」

最終目標のヴィンテージ・フェラーリは、今のリュウには到底手の届かない高みにある。

「ああいうクルマは、もう値下がりはないでしょうから、このままじゃ買えないでしょうけど、欲があればいずれ手に入るかもって思います。何か別の商売も始めるとかで。今はまだ何も見えませんけど、そんな気がしてます」

激安中古車屋のリュウは、すでに普通の人生では決して見ることのない、水平線の向こうを見ているようだった。(了)

(文=清水草一/写真=清水草一/編集=大沢 遼)

第35回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その1)

第36回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その2)

第37回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その3)

もう1台のコンテナは、物置として使われているが、リュウ氏の留守中に店番をする男が寝起きする場所としても使われていた。
もう1台のコンテナは、物置として使われているが、リュウ氏の留守中に店番をする男が寝起きする場所としても使われていた。拡大
寝床もある。
寝床もある。拡大
コンテナ内には生活感が漂っていた。
コンテナ内には生活感が漂っていた。拡大
清水 草一

清水 草一

お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。

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