ケータハム・セブン スプリント(FR/5MT)
スポーツカーの原点 2017.05.01 試乗記 「ロータス・セブン」の魅力を今日に伝える「ケータハム・セブン」に、“オリジナル・セブン”の誕生60周年を祝う限定モデル「セブン スプリント」が登場。クラシカルなデザインとプリミティブな走りがかなえる唯一無二の魅力に触れた。あまりの人気が招いた悲劇
今年2017年は、“オリジナル・セブン”の発表から記念すべき60周年の年にあたる。当たり前だが、セブンといっても(マツダの)「RX-7」ではない。ロータスの創始者であるコーリン・チャプマンが、1957年のロンドンモーターショーでロータス初となるプロダクションモデルを発表した。それが、今なお変わらぬ基本スタイリングと高い人気を誇るセブンの原点である。
ここで紹介するセブン スプリントは、そのオリジナル・セブンの60周年を祝う記念モデルである。ベースとなったのは、「660ccのスズキ製直3ターボをこのセブンに乗せたら、(さらに)軽量で面白いクルマができるのでは?」と考えたケータハムカーズ ジャパンのスタッフが、本国にエンジンを送ったことに端を発する“黄色ナンバー=軽自動車のセブン”こと「セブン160」(このエピソードはマニアには有名らしい)である。パワーアップを繰り返し、タイヤもより太くと、マッチョに進化し続けたセブンだけが現行ラインナップであったなら、おそらくは生まれなかったであろうモデルなのだ。
日本の軽自動車の枠に当てはめるべく、ナローなボディーとタイヤ、軽量なウェイトを持つ160があったからこそ、原点回帰ともいうべき今回の記念モデルが生まれたといっても過言ではない。果たして、昨年秋に英国で開催されたヒストリックカーイベント、「グッドウッド・リバイバル」にてセブン スプリントが発表されるやいなや、当初予定されていた60台(英国20台、欧州20台、日本20台の割り当てだった)は、瞬く間に完売。日本への割り当て分も英国に回さざるを得ない事態に陥ったという。
もちろん、今や英国に次ぐ“セブン人気”を誇る日本市場が、それを黙って許すはずもない。ケータハムカーズ ジャパンが本国と交渉し、2017年3月末での受注分を追加生産することで合意。日本でも半年の受注期間が設けられるはずだった。
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クラシックな意匠、刺激的なドライブフィール
しかし、またしてもことはそううまく運ばなかった。日本導入の発表からわずか2カ月ちょっとで、希望は絶望に変わる。3月末の受注期間満了を前に、受注終了がアナウンスされたのだ。理由は、これ以上はパーツが調達できないから。結果として日本で販売できる台数は60台に落ち着いた。60周年なので60台はなんとなく収まりが良いが、買えなかった人の悔しさは分かりすぎるぐらいに分かる。
と、まぁすったもんだあって今は買えない貴重なセブン スプリントがこちらだ。ボディーカラーは6色から選べるが、この個体は最も雰囲気のある(と個人的には思う)「キャンバーウィックグリーン」をまとっていた。現行モデルには採用されていないクラムシェルフェンダー、ルーバーのないフラットなボンネット、丸形2連のリアライト、クリーム色の14インチホイールなどなど、そのたたずまいからは1950~60年代の雰囲気がこれでもかと押し寄せる。モトリタ製のウッドステアリングホイールや赤いダッシュボードとシート、リアに取り付けられたスペアタイヤもまたクラシカルな気分を増幅させる。
冒頭で紹介したように、エンジンはスズキ製660cc直3ターボが搭載される。セブン160をベースにしているので、最高出力は80psだ。乾燥重量はたったの490kg、ドライバーや液体類を入れても600kg程度の重さのボディーで、軽の自主規制である64psの制約を受けない「K6A」の“素のパワー”を味わうことができる。
フロントミドに搭載されたエンジンと、クルマの原点ともいうべき車両構造がもたらす走りは、いまどきの安楽なクルマに慣れきった人間には無条件で刺激的だ。地面すれすれの着座位置と視界、2人乗りが果たしてできるのだろうかという(実際には当然可能だが)タイトなコックピット、ギアチェンジの度にボディーの左側から聞こえてくるエキゾーストサウンド、短いストロークのシフト。そのどれもがプリミティブで、忘れかけていた何かを思い出させるようにワクワクさせる。
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その気になればドリフトだって楽しめる
もちろん、電子制御の恩恵を受けたセーフティーデバイスは装備されないが、運転の基本を守れば、このクルマは十分なスピードとダイレクトなドライブフィールをもって、運転者の希望どおりのコーナリングを行う。逆に言えば、ブレーキングが遅れたり、あるいは減速が十分ではなかったりして慌ててブレーキペダルにかける力を強めれば、フロントタイヤはあっさり悲鳴を上げるし、コーナリングの立ち上がりで無造作なアクセル操作をしようものなら、グリップ力まで“1960年代風”のエイヴォンタイヤは容赦なくテールを振り出す。
わずか80psと侮ってはいけない。過給がかかった際のターボエンジンは、やはりモダンなスペックとフィールである。2000rpmを過ぎるあたりからブーストがイイ感じで掛かり始め、そこから先はトルクも十分。アクセルオフではブローオフバルブの作動音が、このクルマのエンジンが紛れもなくターボチャージャー付きであることを認識させる。
乗り心地は思ったほど悪くはないが、あくまでも「思ったほど」はである。しかしこれもセブンのテイストだ。だれもこのクルマに快適性など求めないだろう。その反面、路面からのインフォメーションは的確にステアリングに伝わってくる。これもプリミティブと評されるセブンの特徴だろう。1960年代のドライビングスタイル、つまりクルマのセオリー通りの操作をすれば、セブン スプリントはドライバーを裏切ることなく、なんなれば軽いドリフト気味の姿勢で高速コーナーを楽しんだり、ノーズを先に入れてアクセルでタイトコーナーを曲がったりという芸当もできそうだ。
膨らむ夢と、立ちふさがる現実
絶対速度が高くないので、冷静に運転しさえすれば比較的安全なのも、このクルマの良さだ。30分も乗れば、タイヤのグリップ性能やブレーキのタッチ、リジッドのリアサスペンションの癖がつかめる。同時に、その低い着座位置ゆえのスピード感には、他のどのモデルとも違うセブンならでのフィーリングがあり、その感覚がオーバースピードへの抑止力になっているとも考えられる。
そんな唯一無二の世界観を持つクルマだけに、例えば盛大な風切り音とロードノイズの合唱を聞き、ダイレクトなハンドリングと乗り心地、タイトなコックピットなどに我慢しての長距離ドライブは修行以外のなにものでもない。もちろんオーディオの類いも装備されていないので、渋滞の中で気を紛らわせることすら難しい。だからこそこのクルマの本質は、走りを楽しむためだけに走るワインディングにこそある。いや、素直にワインディング専用マシンとさえ言っていい。逆説的だが、ワインディングで至福の時を過ごすために、きっと道中の修行があるのだ。
マニアにはたまらない1960年代テイストあふれるアピアランスと、日本市場にはわずか60台という希少性、そして本籍地がワインディングにあるという本物のスポーツカー感。そのどれを取ってもこのクルマの代わりはない。わずか469万8000円でこの世界が手に入るのなら、好事家には安いものだろう。セブン スプリントがあれば、もう1台、日常のアシは「ホンダN-BOX」あたりがあれば十分かもしれない。軽自動車2台だったらウチの小さな庭にも詰めれば置けそうだし、ランニングコストも……と、夢は勝手に広がったり。ただし何度も言うが、限定60台はすでに完売。新車での購入はもはやかなわないので、ユーズドカー市場に出てくるのを気長に待つか、あるいは160を買ってそれっぽく仕上げるというのも悪くない選択肢だろう。
(文=櫻井健一/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資/撮影協力=河口湖ステラシアター)
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テスト車のデータ
ケータハム・セブン スプリント
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3100×1470×1090mm
ホイールベース:2225mm
車重:490kg
駆動方式:FR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:5段MT
最高出力:80ps(59kW)/7000rpm
最大トルク:107Nm(10.9kgm)/3400rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75T/(後)155/65R14 75T(エイヴォンZT5)
燃費:--km/リッター
価格:469万8000円/テスト車=469万8000円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:6441km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:296.9km
使用燃料:15.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:19.8km/リッター(満タン法)
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櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。