もはや「剣さん」しかない!

山口百恵の真紅なポルシェ対して、谷村新司の作詞および歌で1978年にリリースされた『昴‐すばる‐』は、ウイスキーのCMに用いられていたものの、当時多くの人がクルマのCMソングだと誤解していたのを記憶している。

「レオーネ スイングバック」や「ファミリー レックス オートクラッチ」の販売にどこまで貢献したかデータは存在しないが、富士重工業(当時)にとっては、ちょっとした棚からボタ餅だったろう。

一方、筆者が記憶している範囲で、最後に自動車がポジティブな対象物として登場したジャパニーズ・ポップスは、1992年の『私がオバさんになっても』(作詞・歌:森高千里)である。

「オープンカーの屋根はずして かっこ良く走ってよ」というフレーズがある。「はずして」というところからして、ソフトトップでなくハードトップ? 外す役の男は、それなりに力持ちだったのだろうか、それとも女に手伝わせたのか。そんなくだらない突っ込みはともかく、この後における日本の大ヒット曲で、クルマがかっこよく取り上げられた覚えがない。

そのフラストレーションを見事に消し去ってくれるのが、「ベレット1600GT」を堂々とそのままタイトルにし、『シャリマール』で初期型「ジェミニ」から「スタンザ」「ホーミー」まで昭和な車種名を連発する、横山 剣率いる「クレイジーケンバンド」、というわけだが。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

『私がオバさんになっても』のリリースは1992年。その3年前、1989年には「ユーノス・ロードスター」が誕生している。オープンがカッコよかった時代であった。写真はイタリアの「MX-5」ファンによるツーリングの様子。
『私がオバさんになっても』のリリースは1992年。その3年前、1989年には「ユーノス・ロードスター」が誕生している。オープンがカッコよかった時代であった。写真はイタリアの「MX-5」ファンによるツーリングの様子。拡大
初代「いすゞ・ジェミニ」の姉妹車「オペル・カデットC」のチューニングショップ。2017年エッセン「テヒノクラシカ」で。
初代「いすゞ・ジェミニ」の姉妹車「オペル・カデットC」のチューニングショップ。2017年エッセン「テヒノクラシカ」で。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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