創業者エンツォ氏の賭け

やがて、ひげをたくわえた白髪の紳士が現れた。創業者のエンツォ・ムニャイーニ氏だった。1952年生まれの今年65歳である。

もともとは電気関係の設計技師だったというエンツォ氏が、自動車販売の道に入ったきっかけは何だろうか?

「9歳年上の兄でした。彼は14歳のとき、見習いから自動車の世界に入ったメカニックでした」

やがて1980年、兄の修理工場がルノーの指定サービス工場になったのをきっかけに、28歳のエンツォ氏はその一角で新車の販売を引き受けることにした。

「今あるこの建物の一部分で始めました。ルノーの新車3台、中古車1台の計4台を押し込みました」

兄はホンダの販売代理権を獲得。後年のことになるが「アイルトン・セナとF1のおかげで、ホンダの知名度は、みるみる向上しました」と回顧する。また、二輪の最高峰レースMotoGPでイタリアの国民的ヒーローとなったヴァレンティーノ・ロッシがホンダに乗ったことも同様に貢献したと証言する。

やがて、兄のホンダ販売店と分社化。エンツォ氏は1986年にスバルの取り扱いを始めた。きっかけは当時スバルの海外戦略を担当していた三井物産の担当者が訪ねてきたことだったという。「ハナガタ氏という人でした。会社が今より小さかったので、それほど重圧には感じませんでしたが、やはりルノーから切り替えるのは、ある意味賭けでした」と振り返る。

今回話をうかがった、エンツォ・ムニャイーニ氏。1952年生まれの65歳。
今回話をうかがった、エンツォ・ムニャイーニ氏。1952年生まれの65歳。拡大
「アイマスクをしてMP3プレイヤーの解説を聴きながら、室内各部の質感を味わう」という、マツダ・イタリアの販促ツールを試す筆者。
「アイマスクをしてMP3プレイヤーの解説を聴きながら、室内各部の質感を味わう」という、マツダ・イタリアの販促ツールを試す筆者。拡大
ムニャイーニ・アウトがマツダ車の販売を手がけたのは2015年から。ショールームは新しいコーポレート・アイデンティティー政策に沿ったものだ。
ムニャイーニ・アウトがマツダ車の販売を手がけたのは2015年から。ショールームは新しいコーポレート・アイデンティティー政策に沿ったものだ。拡大
マツダ車の展示コーナーで。ルノーの販売店から転身したジャンニ・バンディーニ氏(左)とエンツォ氏。
マツダ車の展示コーナーで。ルノーの販売店から転身したジャンニ・バンディーニ氏(左)とエンツォ氏。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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