フィンランドには不自然なクルマ

フィンランドが舞台だから古いサーブかボルボかと考えるのが普通だが、違っていた。東欧車でもない。ヴィクストロムが乗っているのは、「チェッカー・マラソン」である。実は見慣れたクルマだった。アメリカでいくらでも走っていたタクシーで、黄色にペイントすればいわゆるイエローキャブだ。『タクシードライバー』でロバート・デ・ニーロが乗っていたクルマである。マラソンはタクシーをベースに乗用車に仕立てたモデルなのだ。

本国でも大して売れなかったようで、フィンランドで普通に乗られていたとは考えにくい。メインビジュアルでも使われているくらいだから、このクルマのフォルムが映画にマッチすると監督は考えたのだろう。カウリスマキは小道具選びに細心の注意を払うタイプだ。彼が敬愛する小津安二郎監督のカラー作品には、どう考えても不自然な場所に赤いヤカンが置かれている。生半可なリアリズムより、画面内の色彩コンポジションを重視したからだ。カウリスマキは、自分の映画作りは赤いヤカンを探すことだと語ったことがある。

不自然なクルマは、この作品にとっての赤いヤカンなのだろう。レストランの壁に貼ってあるジミヘンのポスターも、妻が酒を飲んでいるテーブルに置かれた巨大なサボテンも、監督がどうしても必要だと考えた小道具なのだ。その意図を明確に理解することはできないが、不思議な異物感が全体のトーンを決めていることはわかる。小道具のうちで最も大きな役割を果たしているのがチェッカー・マラソンなのだ。

クライマックスでは、メルセデス・ベンツのトラックがいい仕事をする。『ル・アーヴルの靴みがき』と同様、ただの悲劇では終わらせない。苦難の時代にあっても、監督は希望を見いだしたいのだ。3部作の最後はハッピーなコメディーにしたいと発言している。

物語とは直接かかわらないが、全編にわたってチャーミングな演奏シーンがはさまれている。知らない顔ぶればかりだが、円熟した技巧で素晴らしい音を聞かせる。フィンランドのベテランミュージシャンたちが参加したらしい。カウリスマキが世に知られるようになったのが、音楽映画『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』だったことを思い出した。

(文=鈴木真人)

© SPUTNIK OY, 2017
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「チェッカー・マラソン」
1922年に設立されたチェッカー社は、タクシー会社として営業しながら車両製造も行っていた。1960年からは乗用車販売にも進出し、内外装を高級化したマラソンを発売。チェッカー社が自動車製造を終了する1982年まで作り続けられた。
 
「チェッカー・マラソン」
	1922年に設立されたチェッカー社は、タクシー会社として営業しながら車両製造も行っていた。1960年からは乗用車販売にも進出し、内外装を高級化したマラソンを発売。チェッカー社が自動車製造を終了する1982年まで作り続けられた。
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『希望のかなた』
2017年12月2日(土) 渋谷・ユーロスペース、新宿ピカデリー他にて 全国順次公開
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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