映画史上最も叙情的なミニバン

韓国では行政が映画撮影に協力的だから、激しいカーチェイスを撮ることができる。日本の状況は絶望的だ。公道でクルマをクラッシュさせるなんてもってのほかで、仕方なく海外で撮影せざるを得ないケースも多い。『サンセットドライブ』ではクルマが重要な役割を果たすが、法定速度を守った平和な運転である。

鎌倉に住む植木要一(小林 敬)は、ミュージシャンを目指しながら派遣社員として働いている。妻の亜紀(佐伯日菜子)との離婚届にサインした夜、長女の雪が発熱して入院。検査結果が出るまでの1週間、離婚はおあずけとなった。亜紀が病院に泊まって付き添うことになり、要一は長男の亮と一緒に過ごすことになる。

ごく普通の家族だから、クルマも普通だ。ファミリーカーとして日本中で使われている「トヨタ・ノア」に乗っている。特にクルマについてのこだわりはないのだろう。便利さだけで選んだに違いない。要一が長男を保育園に送り届けた後に病院に行き、付き添いを交代すると亜紀がキーを受け取って家に帰る。

ちょうど夏休みが終わる前で、要一は会社を休んで長男とドライブに出掛けることにした。何も思い出になるようなことをしてやっていないことに気づいたからだ。湘南の海に出掛け、海の家でラーメンを食べる。おいしいはずはないが、長男は大喜び。海辺で食事をすることが楽しいのだ。

ノアは3列シートの7人乗りなのに、映画の中ではいつも2人しか乗っていない。家族が壊れ始めていることが、視覚的に伝わってくる。禅寺を訪ね、早朝の海水浴場に行くうちに、父親はノアの室内を家族で満たすことを夢見るだろう。纐纈悠輔のギターが美しい旋律を奏で、夕日の中を父子がドライブする。ノアがこれほどまでに叙情的な姿を見せるのを初めて見た。

『サンセットドライブ~The Sunset Drive~』DVD
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「トヨタ・ノア」
トヨタが販売するミドルクラスの箱型ミニバン。「タウンエースノア」が2001年にFF化され、5ナンバーサイズミニバンとなったもので、現在では「ホンダ・ステップワゴン」「日産セレナ」とともに日本のファミリーカーの代表的存在となっている。「ヴォクシー」「エスクァイア」は姉妹車。
「トヨタ・ノア」
	トヨタが販売するミドルクラスの箱型ミニバン。「タウンエースノア」が2001年にFF化され、5ナンバーサイズミニバンとなったもので、現在では「ホンダ・ステップワゴン」「日産セレナ」とともに日本のファミリーカーの代表的存在となっている。「ヴォクシー」「エスクァイア」は姉妹車。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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