目新しすぎて販売不振に

1920年代なかば、クライスラーの技術者であるカール・ブリアーが新しいボディーデザインを構想した。水面近くを飛ぶカモを見てひらめいたとも、軍用機を模倣したともいわれる。開発陣にライト兄弟と交流のあったウィリアム・アーンショーが加わり、風洞を使って理想的な形を追求していった。1932年にプロトタイプの「トライフォン・スペシャル」が完成する。

試乗した社長のウォルター・クライスラーは出来の良さに感心してプロジェクトにゴーサインを出した。誕生したばかりの新興企業だったクライスラーは、他社に先駆けて新たな技術や意匠を取り入れることに熱心なメーカーだった。

エアフローはデザインだけが進んでいたわけではない。モノコック構造を取り入れたボディーは頑丈で、エンジン位置が前方に移動したことで室内長は大幅に拡大していた。従来は車軸上にあった後席が前にずれたことにより、乗り心地も向上する。スタイルも技術も未来志向のモデルで、新しもの好きはこぞって手に入れようとした。しかし、しばらくすると売れ行きは急激に下降する。多くの人々にとっては、目新しすぎるものは受け入れがたい。特に女性から評判が悪かったことが致命的だった。

2000年に発売された「PTクルーザー」は、エアフローのデザインを現代的に仕立て直したモデルであり、個性的なデザインのコンパクトカーとして高い評価を得ている。そう考えると、エアフローを1934年に登場させたのはいささか早すぎたのかもしれない。「It’s smart to buy a car with a future!」というキャッチコピーで売り出したが、多くの人は未来よりも過去とのつながりを重んじた。翌年のモデルはグリルなどのデザインを一部元に戻すなどの修正が施される。従来モデルにエアフローのエッセンスをまぶした「エアストリーム」も作られ、そちらのほうがよく売れた。

クライスラーとデソートの両ブランドで販売された「エアフロー」。写真はトヨタ博物館が収蔵している“デソート版”である。
クライスラーとデソートの両ブランドで販売された「エアフロー」。写真はトヨタ博物館が収蔵している“デソート版”である。拡大
ウォルター・パーシー・クライスラーと、彼が開発した1924年型「クライスラー・シックス」。クライスラーは同車を量産・販売するため、翌1925年にクライスラー社を立ち上げた。
ウォルター・パーシー・クライスラーと、彼が開発した1924年型「クライスラー・シックス」。クライスラーは同車を量産・販売するため、翌1925年にクライスラー社を立ち上げた。拡大
「エアフロー」の後を追って1935年に登場した「リンカーン・ゼファー」。フェンダーを独立して残すなど、エアフローほど空力を突き詰めたモデルではなかったが、商業的に成功したのはむしろこちらだった。
「エアフロー」の後を追って1935年に登場した「リンカーン・ゼファー」。フェンダーを独立して残すなど、エアフローほど空力を突き詰めたモデルではなかったが、商業的に成功したのはむしろこちらだった。拡大
1999年に登場したクライスラーのコンパクトカー「PTクルーザー」。往年の「エアフロー」をモチーフにしたというユニークなスタイリングが特徴で、日本でも人気を博した。
1999年に登場したクライスラーのコンパクトカー「PTクルーザー」。往年の「エアフロー」をモチーフにしたというユニークなスタイリングが特徴で、日本でも人気を博した。拡大
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