最後の旅路にふさわしいクルマ

おねしょをすることもあり、ジョンはどんどん子供に戻りつつあるようだ。民主党支持だったはずなのに、トランプ集会に迷い込むとうれしそうに「USA! USA!」と連呼しながら行進する。そのくせ妙なことをはっきり覚えているから厄介だ。結婚する前にエラが付き合っていた元カレのことを思い出すと、腹を立てて暴言を吐く。

ジョンの症状は確実に悪化している。エラが自分の妻であることさえ、常に認識しているわけではないのだ。ついには彼女に向かって、「リリアン」と呼びかけてしまう。結婚当時から隣家に住んでいた女性と間違えているらしい。昔話をしているうちに、とんでもない事実を告白してしまった。ジョンは妻と話しているつもりはないから、彼女が激怒する理由がわからない。

監督は、イタリア人のパオロ・ヴィルズィ。この連載では以前『人間の値打ち』のDVDを紹介したことがある。数々の受賞歴を持ち、今やイタリア映画界を代表する名匠となった。アメリカで映画を撮るのはこれが初めてである。ずっとオファーを断っていて、今回も引き受けるに当たっては実現しそうのない条件を出したという。それがドナルド・サザーランドとヘレン・ミレンの出演だったのだが、2人がOKしてしまった。

『人間の値打ち』では、人物描写の小道具として「アウディA4 」や「マセラティ・クアトロポルテ」を的確に使っていた。映画にとっての自動車の重要性をよく知っている監督である。アメリカ人が強い思い入れを持つキャンピングカーは、老夫婦の最後の旅路にふさわしい選択だということがわかっている。

© 2017 Indiana Production S.P.A.
© 2017 Indiana Production S.P.A.拡大
 
第163回:老夫婦はキャンピングカーで最後の旅に出る『ロング,ロングバケーション』 の画像拡大
 
第163回:老夫婦はキャンピングカーで最後の旅に出る『ロング,ロングバケーション』 の画像拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

あなたにおすすめの記事
新着記事