「ラリー禁止令」、そして四半世紀ぶりの復帰

「妻の両親から『今後ラリーをしてはならぬ』と言い渡されたのです」

従業員の生活を預かる身として職務に専念せよと、彼の義父母が命じたのは想像に難くない。

「私には、もうひとつの趣味としてカメラがありました」とルイージ氏は言うものの、仲間たちがラリーを続けるなか、1人だけ“抜ける”のは、さぞつらいものがあっただろう。

営業に専念したルイージ氏は、20数年にわたりルノー車を売りまくった。参考までに今日、彼の販売店は隣町にある支店と合わせて、ルノーとサブブランド「ダチア」を年間1200台販売している。中古車も含めると、その数は約2000台に達する。地元ではフィアットを除くと、トップセラーだ。

そうして成功を収め、支配人となったルイージ氏のショールームに、ある日昔の友人がふらりと訪ねてきた。2006年、51歳のときだった。

「彼は『私のルノー5アルピーヌを貸してほしい』とやってきたのです」

友人の希望に応じるため、彼は四半世紀にわたってしまっておいた愛車をガレージから引っ張り出した。すると、友人はモンテカルロ・ヒストリックラリーに4年にわたり連続出場。そのたび好成績を残した。

その頃からイタリアでは、ヒストリックカーによるイベントが各地で盛んに行われるようになっていた。友人の健闘に刺激されたルイージ氏は、昔の仲間を誘って、再びそうしたリバイバル走行イベントに参加するようになった。

ある日、昔の友達が「『5アルピーヌ』を貸してほしい」と訪ねてきたことから、彼の情熱に再び火がついた。
ある日、昔の友達が「『5アルピーヌ』を貸してほしい」と訪ねてきたことから、彼の情熱に再び火がついた。拡大
2015年にフィレンツェ郊外で開催されたレッジェッロ・ラリーで。
2015年にフィレンツェ郊外で開催されたレッジェッロ・ラリーで。拡大
2016年6月のラリー・アルト・アッペンニーノ・ボロニェーゼでのルイージ氏(右)。
2016年6月のラリー・アルト・アッペンニーノ・ボロニェーゼでのルイージ氏(右)。拡大
2016年11月のラリー・クラブ・ヴァルパンテーナでの勇姿。
2016年11月のラリー・クラブ・ヴァルパンテーナでの勇姿。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。

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