第91回:日本独自のクルマ観は世界を変える?
2018.05.22 カーマニア人間国宝への道日本人は運転するのが好きじゃない
「日本市場は日本の自動車メーカーにとっての足かせ」という超本音発言に衝撃を受けつつ、いよいよ中村史郎氏インタビューは大団円を迎えるのであった。
中村(以下 中):日本のマスマーケットで売るためには、お客さまの要望に合わせた国内専用モデルの開発に投資しなきゃいけない。昔は販売台数の8割が日本市場だったし、国内専用モデルの比率も少なかった。でも今は、国内の比率は2割から3割ぐらいだし、それもほとんどが国内専用車。開発投資額もどんどん増えてます。メーカーとしては、国内のことを特別に考えなくてよかったらどんなに効率的で楽だろうとなってます。
清水(以下 清):うわー!
中:マツダやスバルの戦略がいい例ですよ。ミニバンと軽の開発から撤退したでしょう? 国内でのシェアが見込めないのに国内専用車を作っていると、経営にとって大きな足かせになるから、これは自分たちがやるべきことではないと、グローバルモデルに特化した。それは正しい判断だと思います。
清:そんなマツダとスバルを、カーマニアは絶賛してますね。そして「セレナ」の日産をバカにしてる。
中:トヨタ、日産、ホンダの国内ビッグ3には、国内市場を守ること、日本独自のお客さまの要望に応えることへの使命がありますから。
清:使命なんですね……。
中:たとえばミニバンや軽は無駄に天井が高いです(笑)。日本人はそういうスペースの方が好きなんです。前面投影面積が増えて空力が良くないと批判するジャーナリストもいましたが、ドイツみたいにスピードを出さないからそれでいいんですよ。
清:スピードは悪ですからね。
中:日本のクルマ文化は本当に特殊です。みんな運転が下手だしね。こんなに運転が下手な国はない(笑)。新興国は別として、海外では80歳ぐらいのおばあさんでも運転がうまいし、飛ばす! 日本では、上手にクルマを運転するということを、親が子供に教えないでしょう。上手に運転したいと思ってない。それが平均的な日本人なんですよ。
清:近年、さらに低速化が進んでるように感じます……。
日本は特殊な市場
中:それと、カーマニアと一般の人とのギャップが広いのが日本です。海外では、一般の人もそこそこクルマ好きだからカーマニアとのギャップが狭い。だからデザインの好みに関しても、そんなに大きな溝はない。
清:フツーにカッコいいクルマに、フツーにみんな憧れる。ちょっと昔の日本みたいに。
中:アジアでも日本だけ特別なんです。韓国や中国の市場は実はヨーロッパに近い。日本には、韓国車も中国車も走ってないから、理解しにくいでしょうけど。
清:私も韓国はかなり見てますが、中国はここ10年以上見てないな~。
中:中国はまだ輸出はこれからのところだけど、中国のローカルブランドのデザイン、猛烈に向上してますよ。韓国車は言わずもがなですけど。
清:日本では、カーマニアすら、韓国車のことは眼中にないですからね。
中:悔しいけど、起亜の「スティンガーGT」なんて、タイヤのプロポーション、車高の低さとか、なんでこんなのできちゃうんだ、って感じですよ。
清:スティンガーGTのカッコよさは衝撃ですね……。でも日本には、あのクルマの市場は皆無でしょうねぇ。日本で古典的にカッコいいクルマに乗るのは保守派のカーマニアだけだから、ブランドにこだわる。そして一般ユーザーは、伝統的なカッコよさを完全に捨てている。
中:ところで、元日本メーカーの人間が言うのもなんですが、日本は輸入車比率が低すぎます。90%以上が国産車という国は他にありません。シェアの4割を1社で占めるというのもちょっと異常ですよね。
清:シェア構成も非常に特殊。
中:世界にはいろんなブランドがあるのだから、輸入車を含めていろんなクルマからチョイスができるのが本来だと思います。日本車にすべてを求める必要はないんです。最近日本でのフランス車のシェアが上がってるらしいですが、正しい傾向だと思います。
清:大河の一滴ではありますが!
中:これからも日本の市場はインターナショナルにはならないでしょう。でもね、ある意味、日本は世界をリードしているところがあるわけです。クルマ離れなんかも、今や世界中で始まってますから。軽自動車もあれだけ商品力があるのに、日本だけで売ってるのはもったいない。サイズやエンジンの規制枠を少し緩めてプロポーションを良くすれば海外でも売れるクルマになると思うんです。5ナンバーもそうだけど、僕は法規制を見直した方が日本の国際的競争力がさらに付くと思っています。
清:昔から言われてることですけど、実現しそうな気配ゼロですね……。
中:ところで、最近本屋さんで『世界を変えたクルマ50台』という本を見つけたんですよ。イギリスのデザインミュージアムが出版してるんですが、「T型フォード」から始まって、「ビートル」「MINI」「2CV」「Eタイプ」などに交じって、なんと「キューブ」が入ってたんです。日本的なクルマに対する価値が表現されてることが評価されて。
清:マジすか! そりゃスゴイ! クルマ界の「スシ」ですね!
中:将来的に、もっと日本独自のクルマが世界に評価されて、世界を変えていってほしいですね。
自動車デザインの未来
清:今後、世界の自動車デザインはどうなっていくんでしょう?
中:今は、EVとインターネットが、クルマのデザインにどう反映されるか、というのが始まった時期じゃないかな。エクステリアは、2020年にはそんなに変わってないと思いますけど、インテリアは、インターフェイスがシンプルになって、今よりももっとインターネットを活用するためのものになる。そこがポイントかな。
清:うーん、カーマニア的には、あまり盛り上がらない変化ですね……。
中:もうひとつは、クルマがどんどんスマホみたいにコモディティー化する一方で、突き抜けて趣味性の高いものもたくさん出てくると思います。
清:二極化ですか?
中:単に二極化するんじゃなく、幅が広がって、かつグラデーションが細かくなると思うんですよ。
清:多様化ですね?
中:クルマのデザインって、昔の方がいろんなのがあってよかった、っていう人もいますけど、80年代って、セダンとハッチバックとステーションワゴンぐらいしかなかったんです。今の方が圧倒的に種類が多いんですよ。それと、ビスポークというか少量生産の面白いクルマも増えてくるはずです。
清:デザインの価値がより高まっていきますね。
中:その通りです。スマホみたいにクルマっぽくないツール的なものから、カーマニア向けの趣味的なクルマまで広がっていく。この先どう変化してもデザインはクルマの価値の中心です。デザイナーの責任は重大ですね。
(語り=清水草一、中村史郎/まとめ=清水草一/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。