映画の価値を上げるネタバレ
駆け引きはなおも続くが、レイノルズはもはや抜け殻のようなものである。ハウスの主は、アルマなのだ。彼女はとどめの一撃を決行する。倫理的には許されない行為だ。森で採ってきた毒キノコをスープに混ぜ、レイノルズに食べさせた……。
こんなネタバレを書いてしまっていいのだろうか。まったく問題はない。プレス資料に挟まれていた紙には、宣伝チームからのメッセージが記されていた。
<ストーリーの「アルマがレイノルズに毒を盛る」という部分を伏せていただきたい旨を記載しておりましたが、宣伝をしていくなかで、その箇所を隠すというのは違うのではないか、という思いに至りました>
正常な感覚である。映画というのは単純な謎解きではない。過度にネタバレを恐れるのは間違いだ。以前、ある映画のプレス資料に「主人公の考えていることを“妄想”と表現するのはやめてください」という指令が書かれていたことがある。とんでもない話だ。宣伝会社に解釈を制限する権利があるはずもない。別の映画で「登場人物のひとりがツバ吐き女王だということは伏せてください」と指図されたこともある。その作品が最低の出来で、観る価値のないクズ映画であることのほうが重要なネタバレだったのだが。
ついでにもうひとつこの映画の関係者をほめておくと、シンプルな邦題もすてきだ。映画のストーリーを半ば語ってしまうような長々としたサブタイトルをつけることが常態化している中で、潔い姿勢である。ファントム・スレッドとは幻の糸という意味だそうだが、そんなことを知らなくたっていい。ポール・トーマス・アンダーソンとダニエル・デイ=ルイスが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来久々にタッグを組むのだ。価値のわかる観客は劇場にやってくる。
映画の結末は、ビターテイストである。諦め、受け入れることで、愛は完成した。そう思うこともできるし、ただの錯覚であると考えるのにも正当な理由がある。レイノルズには、もうブリストルは必要ない。それが幸福であるという解釈を否定することはできないが、認めるのは嫌だ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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