その名は『世界の恋人』

インターネットで検索してみると、『世界の恋人』というタイトルであることが判明した。

ボクが知らない時代の旧バージョンには「山並み遠く晴れて あなたを呼んでいる」で始まり、「日産 その名はいま 世界の恋人」と結ぶ歌詞も付いていることがわかった。

そこで2018年4月、東京に立ち寄った機会に、図書館で日産自動車の社史をひもといてみた。

まずは1965年発行の『日産自動車三十年史』から。さらに、その後に発刊された『日産自動車社史1964-73』、1983年発行の『21世紀への道-日産自動車50年史』も調べてみる。1934年の創立時における従業員数は500人。しかし、4年後の1938年には一気に3800人にまで増えている。今日でいうベンチャー企業の勢いだ。

ところが肝心の世界の恋人については、どこにも記録されていない。前身である戸畑鋳物時代に始まり、国内・海外の膨大な史実を網羅するなかで、CMソングに紙幅を割く余裕などなかったものと思われる。年表には、「昭和35年(1960年) 牛乳を毎日1本全従業員に無償配布実施」などという、愉快な話題がひっそりと記されているだけに、惜しい。

かつての日産銀座本社ビル。中学生時代、1階にあった旧本社ギャラリーに足しげく通っていた筆者は、今も通るたび、『世界の恋人』を口ずさんでしまう。2018年4月撮影。
かつての日産銀座本社ビル。中学生時代、1階にあった旧本社ギャラリーに足しげく通っていた筆者は、今も通るたび、『世界の恋人』を口ずさんでしまう。2018年4月撮影。拡大
1963年「ダットサン・ブルーバード1300デラックス」(410型)。『世界の恋人』は、このモデルの発売に合わせてリリースされた。
1963年「ダットサン・ブルーバード1300デラックス」(410型)。『世界の恋人』は、このモデルの発売に合わせてリリースされた。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など数々の著書・訳書あり。

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