第504回:イマドキは軽トラックもオシャレが常識!?
「ダイハツ・ハイゼット トラック」に働くクルマの最前線を見た
2018.05.30
エディターから一言
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マイナーチェンジを受けたダイハツの軽トラック「ハイゼット トラック」に試乗。新たに搭載された先進装備の使い勝手を試すとともに、“農業女子”に向けた仕様や、ニッチな市場をカバーするバリエーションモデルなど、多様化する“働くクルマ”の最前線を垣間見た。
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累計生産台数は700万台以上
試乗会への案内には「ハイゼット トラック新機能体感試乗会」と書いてある。詳細は示されていないが、テレビではすでに梅沢富美男と増田明美が出演するCMが流れていたから見当はついた。新機能というのは、衝突回避支援システムのことである。軽キャブバンの「ハイゼット カーゴ」には、一足早く2017年11月に導入されていたものだ。
ダイハツの衝突回避支援システム「スマートアシスト」は、「ムーヴ」や「ムーヴ キャンバス」などの軽乗用車では当たり前の装備となっている。メインユーザーとなるお母さんは安全への関心が高いからだ。しかし、ダイハツの軽トラックではこれが初の搭載となる。軽トラユーザーが切実に必要だと感じる機能ではなかったのだろう。
ハイゼットシリーズは1960年に発売された軽商用車で、累計生産台数は700万台を超えるそうだ。ベストセラーにしてロングセラーである。ハイゼット トラックは2014年に15年8カ月ぶりのフルモデルチェンジを果たし、10代目となった。スマートアシストは2012年に登場していたものの、この時は搭載が見送られている。
軽トラックは農業や建設業などでハードに使われる実用車である。安くて丈夫で使い勝手がいいことを求められるクルマだ。乗用車とは使われ方が違う。例えば、快適性の優先度は低い。プロフェッショナルが使い倒すための、働くクルマなのだ。余計な飾り物はいらないというのがユーザーの心意気なのだろうが、安全性の面では一定の水準を満たす必要がある。
先進安全装備の使い勝手を確認
ハイゼット トラックに装備されるのは「スマートアシストIII t」。2016年から使われている「スマートアシストIII」と基本的には同じだが、軽トラ用にチューニングが施されている。ショートホイールベースかつ無積載時にリアが軽くなることなどを考慮して、最適化を図ったという。
会場の特設コースでは、衝突回避支援ブレーキと誤発進抑制制御を助手席で体感するイベントが行われた。先日、たまたまダイハツの軽乗用車でスマアシIIIを試す機会があったのだが、その時と印象はまったく変わらない。安全装備なのだから、どんなモデルでも同じ機能が与えられるのは当然である。
ただし、スマアシIII tはハイゼット トラックのすべてのグレードに搭載されるわけではない。農家では軽トラを自宅と畑の往復だけに使うというケースも多く、必要最小限の装備で十分だったりする。最もベーシックなグレードは「スタンダード“エアコン・パワステレス”」で、価格は68万0400円から。これ以上何もそぎ落とすことのできない究極のプラグマティックカーである。
軽乗用車では乗り出し200万円超えが珍しくなくなったが、この値段で新車が手に入るのは心強い。軽トラがあれば、裸一貫から身を立てることができる。商売のバリエーションは無限大だ。大志を抱く若者にとって、こんなに頼りになる道具はないだろう。
ABSが全車に標準装備されることになったのもトピックである。ABSのないクルマがまだあったのが驚きだが、畑仕事には不必要だったのだろう。法令の改正で装着が義務化されたので、これからはABSの付いていない軽トラを販売することはできなくなった。2万5000円ほど価格が上昇してしまうが、安全のためと言われれば納得するしかない。
“農業女子”の期待に応えるオプション
軽トラが働く人々の味方であり続けているのはうれしいことだが、時代の変化に対応する必要もある。快適でオシャレなほうがいいと考える軽トラユーザーも増えているのだ。体感試乗の前に行われた説明会ではスマアシIII t以外の変更についても触れていた。今や軽トラにもLEDヘッドライトが使われる。「よりスタイリッシュになりました!」と紹介されたのはさすがに違和感があったが、夜間でも明るい視界を確保するのは働くクルマにとって大切な性能だ。
会場には機能よりも見た目を重視したオプション装着車も展示されていた。そもそも、軽トラは白かシルバーというのがお決まりだったはずなのに、ピンクやミントグリーンのボディーカラーに塗られたモデルが並んでいることにモヤモヤする。ミストブルーマイカメタリックなんて、軽トラの塗装色とは思えない名前だ。
軽トラの座席はリアウィンドウと同じ角度に固定された垂直の背もたれが普通だと思っていたが、「ジャンボ」という名の豪華仕様だとシート背面にスペースがあり、リクライニングもできる。先日スズキから発売された「スーパーキャリイ」も同様に大型キャビンを採用しているが、ハイゼット トラックには1983年からジャンボがあったそうである。
快適性やオシャレ度を重視したモデルを開発した背景には、農林水産省が推進する「農業女子プロジェクト」がある。増加している女性の農業従事者のニーズに対応するため、全国でヒアリングを行って開発の参考にしたのだという。カラーバリエーションを増やしたのも、女子からの要望が強かったからだ。「農業女子パック」というオプションには、バニティーミラー、UVカットガラス、スーパークリーンエアフィルターなどが装備されている。
魅力あふれるバリエーションモデルも
軽トラを農作業に使いながら、お出掛けにも乗っていくという使い方も増えているらしい。ならば少しでも見た目を飾りたいというのは人情だ。会場に展示されていたピンクのジャンボには、オプションのアクセサリーが盛大に取り付けられていた。
メッキドアミラーカバーやレッドのエンブレムカラーシールはド定番。アルミホイールで足元もドレスアップしている。荷台やガードフレームにはピンクのプロテクターが装着されていた。セットになったガードフレームプロテクターパックには黒ゴム製もあって価格は1万2571円。ピンクは1万4191円で、オシャレ代が乗ってちょっと高い。
需要を喚起するためにあの手この手で工夫をこらしている。確かに魅力的だが、カタログを見ていたらもっと気を引かれるモデルがあることに気づいた。特装車の「ローダンプ」である。荷台を電動モーターで上下させる機構がついたモデルで、価格はたったの124万2000円! 乗っていてこれほど目立つクルマはなかなかないだろう。使い道があるかどうかはわからないが、意味もなく欲しくなった。
もっと実用性が高いのが、「デッキバンL」である。後部座席のある4人乗りで、背後には小さな荷台がある。万能で最強なモデルではないか。2001年からしばらく販売されていた「トヨタbBオープンデッキ」を思い出した。デッキバンLは120万9600円から。安い! スライドドアで便利だし、MTモデルもあるから運転も楽しめそうだ……。
スマアシIII tの記事だったはずなのに、関係ないところで興奮してしまってスミマセン。
(文=鈴木真人/写真=ダイハツ工業、webCG/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。