アウディRS 3スポーツバック(4WD/7AT)
至福の5気筒マシン 2018.07.04 試乗記 モデルライフ半ばのマイナーチェンジが施された、アウディの高性能ハッチバック車「RS 3スポーツバック」。市街地からワインディングロードまで走らせてみると、もはや万能とも思える実力の高さが伝わってきた。飛ばさなくても“よさ”がわかる
普段は自家用車として1991年製のクルマと付き合っているから、どんな試乗車に乗っても感心する。よくできたクルマだなあ、と本心から思うのだ。最新のモデルなのだから、27年前のポンコツよりいいに決まっている。ただし、欲しくなるかどうかは別だ。高性能だし使い勝手もいいと思っても、それ以上の感想が浮かばないこともある。
今回は、ほんの少し乗っただけで気持ちが動いた。アウディRS 3スポーツバックは見た目に派手さはないし、豪華な装備で飾られているわけでもない。地味めなフォルムのコンパクトワゴンである。「RS 3」を名乗るのだから、もちろんとてつもない強心臓を持つハイパフォーマンスカーのはずだ。でも、そのパワーを思い切り発揮しなくても、間違いなくいいクルマだと確信した。コンビニエンスストアの駐車場でキーを受け取って走り始めると、5kmほど先の高速道路のICに到着する前に心をつかまれていた。
一般道なのだからフル加速などもってのほかだし、交差点を曲がる時以外はほとんどハンドルを動かしていない。それでも、素性のよさが伝わってくる。すべての動作に対する反応に素直さと機敏さが感じられる。高出力のエンジンだが、低速で走っていても一切ギクシャクすることはない。ちょっと買い物に出掛けるという時でも、気後れすることなく普段使いができるだろう。
RSという称号は、アウディの各シリーズで最高峰のグレードを意味する。RS 3は、アウディのラインナップの中で最もコンパクトなRSモデルだ。スポーツバックのメカニズムは、一足先に導入された「RS 3セダン」と基本的に同じ仕様。一番のトピックは、ボンネットの下に横置きされる直列5気筒エンジンだ。
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アウディ100に始まるパワーユニット
アウディにとって、5気筒エンジンは宝物である。初めて採用したのは1976年。「アウディ100」が2代目となった際に、それまでの直列4気筒に代えて上級モデルに搭載した。それまでにも5気筒のディーゼルエンジンはあったが、ガソリンエンジンとしては世界初である。4気筒よりパワフルでありながら経済的だということで、高い評価を得た。初代「アウディ・クワトロ」への搭載で、5気筒エンジンの優秀性が証明される。「5気筒×4WD」という組み合わせのラリーカーがWRCで圧倒的な強さを見せつけ、市販車も大人気となった。
かつては多くの自動車メーカーが5気筒エンジンを載せたモデルを製造していた。ボルボは「850」を皮切りに5気筒エンジンを積極的に採用し、高性能モデルを次々に送り出していく。1990年代には、ホンダが「インスパイア/ビガー」などで5気筒エンジンを縦置き搭載し、「FFミドシップ」を売り物にしていた。フィアット、ランチアなどにも5気筒エンジン搭載モデルがあった。
しかし、5気筒全盛時代は長くは続かず、1990年代に入ると次第に勢いを失っていく。V6エンジンに取って代わられたのだ。1997年になると、アウディのラインナップからも5気筒エンジンが消えた。5気筒にこだわっていたボルボも、最近になって生産効率を上げるためにエンジンを4気筒以下のモジュラーユニットとする道を選択した。
アウディでは5気筒エンジン復活の試みが続けられていた。2009年、新しい2.5リッター5気筒直噴ターボが「TT RS」に搭載され、その後アウディの高性能モデルに続々と採用されていく。この「2.5 TFSI」エンジンは、今年まで9年連続で「インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。当初340psだった最高出力は、今では400psにまで引き上げられた。RS 3は、もちろんこの最新版のエンジンを与えられている。
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実際よりコンパクトに感じられる
Cセグメントの小さなボディーに強力なパワーユニットを詰め込んでいるのだから、ワインディングロードでは思いのままに駆け回ることができる。箱根の急坂をものともせず加速していくのに、早々にアクセルペダルを緩めなければならないので切ない気持ちになる。特殊なユニットではあるものの、5気筒特有とされるサウンドを強く印象付けられることはない。あくまでスムーズに心地よく吹け上がっていく。もちろん直6ともV6とも違うし、4気筒っぽさもないようだ。久しぶりに聞く5気筒のエンジン音は、雄々しくて豪快だった。
山道では音も走りを楽しむ要素だが、低回転から不穏な響きをまき散らすので早朝に住宅街でエンジンを始動させるのはためらわれるかもしれない。後ろから見ると、尋常ではない太さの排気管が威圧するように構えているのがわかる。ファミリーユースのワゴンと同じなりをしているようだが、ディテールにはすごみを感じさせるポイントが見つけられるのだ。
ちょうど1800mmという全幅はものすごくスリムというわけではないが、運転しているともっと小さなボディーのように感じられる。軽やかで正確なハンドリングのおかげですばしっこく走れるから、クルマ全体がコンパクトに感じられるのかもしれない。山道を走り回った先のクローズドコースでほかのクルマの試乗会が行われていたのだが、RS 3ならばもっと楽しかっただろうな、という思いを抑えられなかった。
ハイパワーを誇示するような外見ではないし、詳しい人でなければ結構な高額モデルだとは気づかない。スポーツ走行が得意で、普段使いもOK。乗り心地はとてもいいとは言わないが、我慢できないほど硬いということはない。クルマ趣味を密(ひそ)やかに満足させ、実生活で不満のない使い勝手を得られる万能のクルマである。
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大人のためのホットハッチ
派手に見えなかったのは、試乗車の外板色のせいでもあるだろう。「ナルドグレー」というボディーカラーは、光沢を抑えたねずみ色である。確か初代「TT」で“推しカラー”になっていた。これがドイツ的なのかどうかは知らないが、虚飾を排した超地味色である。色彩をそぎ取ったことで、工業製品であることをあらためて主張しているようだ。乗る人にとっては、ドイツの精密な機械に乗っているというプライドを感じられる色なのかもしれない。
内装は完成されたアウディ様式だが、今やコンサバにも感じられる。無駄がなく実用的で上質という文句のつけようのないしつらえなのだが、あまりにも見慣れてしまった。スキがないのは、冒険がないからだともいえる。シックというのは褒め言葉ではあるが、退屈という意味も込められているのだ。現状を打破するのは常に悪趣味のパワーであり、オーソリティーとなってしまったアウディは挑戦を受ける存在である。
とはいえ、内外装ともに多くの人が好ましいと感じるだろう。普通に見えて実はホットなマシンだというのがいい。普通のファミリーカーをいかつい顔に仕立てたクルマが人気となる昨今の風潮とは一線を画する。大人のためのクルマなのだ。
今を逃すと、もうこんなクルマには乗れなくなってしまう可能性もある。熟成と洗練を極めた希少な5気筒エンジンはドライバーに至福の時を与えてくれるが、これ以上の進化を遂げるかどうかはわからない。フォルクスワーゲングループがはっきりと電動化に舵を切った以上、5年後にまだハイパワーな5気筒の純粋内燃機関が残されている保証があるだろうか。そろそろ、ラストチャンスになるかもしれないのだ。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
アウディRS 3スポーツバック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4335×1800×1440mm
ホイールベース:2630mm
車重:1590kg
駆動方式:4WD
エンジン:2.5リッター直5 DOHC 20バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:400ps(294kW)/5850-7000rpm
最大トルク:480Nm(48.9kgm)/1700-5850rpm
タイヤ:(前)235/35R19 91Y/(後)235/35R19 91Y(ピレリPゼロ)
燃費:11.0km/リッター(JC08モード)
価格:762万円/テスト車=885万円
オプション装備:ボディーカラー<ナルドグレー>(0円)/高さ調整機能<サイドサポート>(0円)/アウディマグネティックライド(13万円)/ルーフレール<ブラック>(4万円)/マトリクスLEDヘッドライト+フロントダイナミックターンインジケーター(11万円)/プライバシーガラス(6万円)/セラミックディスクブレーキ<フロント>(66万円)/デコラティブパネル<カーボンファイバー>(7万円)/アルミホイール 5アームローターデザイン マットチタンルック(4万円)/ブラックハイグロススタイリングパッケージ<Audi exclusive>+エクステリアミラーハウジング ハイグロスブラック(12万円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:2397km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:418.0km
使用燃料:45.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.2km/リッター(満タン法)/9.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。