588万0600円は高いの? 安いの?
「ホンダ・クラリティPHEV」の値付けにモノ申す
2018.08.20
デイリーコラム
プレスリリースを思わず“二度見”
メーカーから配られた資料を、久々に二度見した。「ホンダ・クラリティPHEV」の価格設定、「EX」のモノグレードでお値段588万0600円なり。
いや、これ、高くないですか? ホンダの商品ラインナップの中で、スーパーカーの「NSX」、旗艦セダンの「レジェンド」に次ぐ高価格車ですよ。もちろん、この額をポンと払える裕福な人もいるだろうし、588万でもこのクルマが欲しいという人もいるでしょう。そういった御仁にとっては、この値付けは「高くない」ということになるのだろうが、問題はそういう人……この価格帯のプラグインハイブリッドセダンの購入を本気で検討できる人が、どれくらいいるかということだ。
わざわざ指摘するまでもないが、そもそもクラリティPHEVが乗り出そうとしている市場自体、状況が芳しくない。「500万円台後半を価格帯に含む大きめのセダンで、取りあえず売れてるクルマ」なんて、「トヨタ・クラウン」以外にあったっけ? 「日産フーガ」は推して知るべし。後は輸入車ばかりだが、こちらは羽振りのいい話を聞いたとしても、そもそも“国内シェア1割未満”という特殊な世界の出来事だからねえ……。
またPHEVというくくりで見ても、この価格設定はずいぶん野心的だ。おおざっぱな比較だが、「トヨタ・プリウスPHV」の車両本体価格(税込み)が326万1600円から422万2800円、間もなく大幅改良を受ける予定の「三菱アウトランダーPHEV」は(今のところ)365万9472円から478万9260円、かつてホンダがリース販売していた「アコード プラグインハイブリッド」も、お値段は500万円だった。少なくともクラリティPHEVは、既存の国産プラグインハイブリッド車と比較検討するような層を想定した価格設定とはなっていない。
なんでこの価格帯のクルマにしたの?
一方、輸入車に目を向けるとドンピシャで価格がバッティングするクルマがある。「BMW i3」のレンジエクステンダー装備車(587万円)だ。電動車に特化したプレミアムブランドの次世代エコカー。数の期待できないプラグインハイブリッド車を作るにあたり、ホンダとしてはむしろこちらに目指す方向を見いだしたというか、親近感を覚えたのかもしれない。
ただ正直な話、BMW i3がやっていけるのは、ブランドがあるからでしょう。BMWという看板。今なお斬新なデザイン。内装に使われる天然素材・再生素材に、風車で電力をまかなう車体工場といった、緻密に組み立てられたエピソードの数々。ドイツ勢がせっせと電動車専門のサブブランドを旗揚げしているのは、こうして雰囲気作りをしておかないと、どうしても割高になる商品をユーザーに納得させられないと踏んでいるからだ。
カナダで、日本で、クラリティPHEVを見て気になったのは、決して安いクルマではないのに、顧客を納得させるためのこうした雰囲気作りがあまり感じられないことだった。デザインを含むプロダクトそのものにも、カタログのうたい文句にも、「既存のクルマとは違うのだよ」というイメージが感じられない。感じられるとしたら、「FCX」時代から受け継がれる「クラリティ」という名前くらいだ。
実際、日本での試乗会(間もなく公開の試乗記もぜひお楽しみに!)でホンダのスタッフに「雰囲気作りとかしてます?」と質問してみても、「実はこんな仕掛けが!」的な答えは返ってこなかった。では、せめて600万円の高級車としてはどうかというと、「それもナイ」とのこと。そうなると気になってくるのが、「そもそもホンダは、なぜこの価格帯にクラリティPHEVを据えたのか」「何を意図してこの値付けをしたのか?」である。ただ、これについても「北米仕様に、急速充電器などの装備を盛ったらどうしても……」とか、「生産計画的に量産効果を見込めなくて……」とか、受動的な話ばかり。「新しい市場を創造するんや!」や「クラリティはこういうモデルに育てたいんですよ」といった能動的な話が出てくることはなかった。
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中身は確かにスゴいんだけど
正直な話、純粋にプロダクトそのものだけを見た場合、クラリティPHEVの588万0600円という価格が高いのか安いのか、記者にはよく分からない。技術的には相当に凝ったものが使われているからだ。大幅な性能アップとコンパクト化を同時に果たしたパワーコントロールユニット、水冷式の大容量バッテリー、新しい生産設備を投入してまで実現した高出力モーター、世界トップレベルの熱効率を誇るエンジンなどなど、このクルマには、他社のエンジニアが見たらため息が出そうなくらいにゼータクなメカが満載されている。そうした理想原理主義的な面はスペックにも表れていて、「EV走行距離101.0km(WLTCモード)」「EV最高速160km/h」という数字は、電動車の性能で世界をリードする日本車の中でも、一頭地を抜いていると言っていいだろう。ひょっとしたらクラリティPHEVは、この値段でもバーゲンプライスなのかもしれない。
それでも、やっぱり記者は思う。例えば、EV走行距離60km台の競合車より“ちょっとスゴい”くらいのクルマを、より手ごろな価格で販売するという方法は考えなかったのか? なぜわざわざ“セダン冬の時代”にセダンで売り出したのか? 「それは、クラリティシリーズは燃料電池車もプラグインハイブリッド車も電気自動車も、ひとつの車体で実現するのがコンセプトだったから」という人もいるが、そもそもそのコンセプトの意味が分からない。その縛りプレイ、誰がうれしいの?
確かにクラリティPHEVはスゴいクルマである。しかし現状では、「革シートや鼻先のエンブレムではなく、中身にお金を払える人=相当に自動車偏差値の高い人でしか買えないクルマ」という印象をぬぐえない。大きなお世話でしょうが、空冷の「ホンダ1300」みたいなことにならないといいな、と渋谷の片隅で祈るばかりである。
(文=webCGほった/写真=トヨタ自動車、BMW、本田技研工業、三菱自動車、webCG)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。