草食系男子はマスタングで自由へと逃走する

最後はちょっと毛色の違う作品である。『68キル』はジャンルでいえばアクションスリラーに属するが、かなりエグい描写にあふれている。人がたくさん殺されるだけでなく、超残酷なシーンが多いので耐性のない人にはオススメできない。

主人公は気弱な青年のチップ(マシュー・グレイ・ギュブラー)。ライザ(アナリン・マッコード)とラブラブ同棲中だが、この女がただ者ではない。美女ではあるが、性格が凶暴なのだ。チップの顔に青アザがあるのは、彼女に殴られたからだ。理由もなく、殴る。チップはそれを情けない笑顔で受け入れている。かい性のない彼の代わりに稼いでいるのはライザなのだ。仕事は売春なのだが。

ライザは客の一人が大金を金庫に入れていることを知る。ランボルギーニを買うための6万8000ドルだ。新車が買える金額ではないから中古なのだろう。いずれにしてもその日暮らしのライザにとっては、手に入れれば生活が変わる夢のような金だ。チップに仲間となるよう強要し、愛車の「フォード・マスタング」に乗って2人で盗みに入る。誤算は、客とその妻が起きていたことだ。ライザはためらいなく2人を射殺し、現場を目撃した若い女を気絶させてトランクに詰め込んだ。

ライザの蛮行に恐れをなしたチップは、スキを見てマスタングを奪って逃走する。優しい彼はトランクの中の女を助け出すが、彼女もまた超強気な性格だった。立ち寄ったガソリンスタンドの受付ではゴシックホラーメークの女に脅される始末。壮絶な地獄めぐりの末、チップは命の危険にさらされる。救いの手が差し伸べられた時、彼のとった行動は倫理にかなっているとは言いがたい。しかし、もう弱気な草食系男子ではいられない。赤いマスタングで去っていく彼の姿は雄々しく見える。これも、成長の物語なのだ。

(文=鈴木真人)

『68キル』DVD
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「フォード・マスタング」
1964年に発売され、豊富なオプションを用意したフルチョイスシステムで人気となった。ポニーカーと呼ばれるジャンルを確立し、日本のスペシャルティーカーにも影響を与えたといわれる。映画に登場するのは5代目モデル。
「フォード・マスタング」
	1964年に発売され、豊富なオプションを用意したフルチョイスシステムで人気となった。ポニーカーと呼ばれるジャンルを確立し、日本のスペシャルティーカーにも影響を与えたといわれる。映画に登場するのは5代目モデル。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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