ホンダS660モデューロX(MR/6MT)
いいクルマ感 増し増し 2018.09.02 試乗記 ホンダの軽スポーツカー「S660」に純正オプションをたっぷりと組み込んだ、コンプリートカー「S660モデューロX」に試乗。自らS660を所有していた清水草一が、その乗り味の特徴をリポートする。びっくりするほど使えない
私はS660の元オーナーです。発表会で感動してそのままディーラーに出向き、注文したのです。ただ、わずか半年で手放してしまいました。
S660の最大の美点は、ホンモノのスーパーカーをもしのぐコーナリング速度の高さや、“チビ・ランボルギーニ”的なスタイリッシュさ、小さなリアウィンドウがしっかり電動で開閉できるなどの芸の細かさ(=開発者の愛)等々ですが、実際オーナーになってみると、使い道がありませんでした。
もともとS660は、実用性はほぼ無視した軽のスーパーカーなので、使い道がないのは当然といえば当然なのですが、私はS660を買う以前から、長年フェラーリを所有していて、非日常的なスポーツカーはほかにもう1台あったので、使い道がないクルマが2台になるのは、家計への負担が重すぎたのです。タハ~。
実はS660は、ふだんの近所の移動に使うつもりだったのですが、ホンモノのスーパーカー同様、着座位置があまりにも低いため、乗り降りが大変で、プラス、コンビニでの買い物ですら荷物の置き場に困りました。よって、日がたつにつれて、ふだん乗ることはなくなりました。
では休日にドライブを楽しむかというと、S660の走りの魅力は、なんといってもコーナリング速度の高さです。つまりコーナーを攻めないと面白くない。でもコーナーを本気で攻めるなんて、公道ではなかなかできるもんじゃない。
S660最大の弱点は、エンジンが軽自動車そのもので、パワーもフィーリングも、スーパーカーとしては面白みに欠けることです。つまり、たまに軽くドライブしても、なんだかあんまり面白くない。ふだん乗りにはキツイ、たまのドライブも、流す程度じゃ燃えない。いいのは本気でサーキットを攻めるとか、そういう時しかない。
エンジンをROMチューンして刺激的にすればイケるだろうとも思っていましたが、実はS660のエンジンには、パワーアップの余裕がほとんどないとのことで、ROMチューンもあまり効果がないと聞いて、半年で手放してしまったのです。
変えればいいってもんじゃない
ということで、ノーマルS660に足りないものは、日常的な走りの楽しさであることは、よく理解しています。
「あの低い着座位置やオープンカーというだけでも、非日常的で楽しいじゃない!」そうおっしゃる方も、もちろん多数いらっしゃるでしょうが、強い刺激に慣れてしまっている私には、それでは物足りませんでした。申し訳ありません。
で、ここからようやく、S660モデューロXの話に入ります。メーカーがディーラーで販売してくれるコンプリートチューニングカーです。このクルマについては、すでにいろいろなところで報道されているので、説明はごく簡単にしておきますが、チューニングの内容は、
- エアロ(エクステリア)
- インテリア
- 足まわり
この3つです。残念ながら、最も望まれるエンジンのチューニングは、やはり行われていません。マフラーもノーマルのままです。
まずエアロについて。見た目は「それなりにアグレッシブ」というところでしょう。特にフロントのエアダム部は、かなりグワッと攻撃的になっていますが、もとのクルマのサイズの小ささもあって、周囲にプレッシャーを与えるほどのものではありません。ただ個人的には、ノーマルの方が、デザイン的な完成度はずっと高いと思いました。そんなにハデではないけれど、どこか取って付けた感はあるし、少し子供っぽく見えます。
リアは、アクティブスポイラーに黒いガーニーフラップが付いたことと、ロアバンパーが追加されている程度。視覚的には、「ちょこっといじってる」くらいで、上品にまとまっています。
違いのわかる足さばき
インテリアで目立つのは、専用スポーツレザーシートです。色はボルドーレッド×ブラックで、モデューロのロゴ入りです。その他ステアリングやサイドブレーキ、ダッシュボードなどにもボルドーレッドが多用されていて、各所にモデューロのロゴも。全体的にノーマルに比べると、かなりハデでゴージャスになっています。
しかしこれも個人的には、趣味がいまひとつだなぁと感じました。赤を使えばいいってもんじゃない、とでも申しましょうか。ボルドーレッドの色調そのものもイマイチだし、私はノーマルの方が好きです。エクステリアもノーマルの方がいいので、内外装とも、私の趣味ではありませんでした。重ね重ねスミマセン。
では、走りはどうか。
変更されているのは「専用サスペンション」と「ブレーキディスク(ドリルドタイプ)」「スポーツブレーキパッド」のみ。アルミホイールも専用だけど、そちらはルックスが目的で、走りにはほぼ関係ないです。
ゆっくり走っていると、フィーリングはノーマルとほとんど違わないんですが、60km/hくらいから、足まわりのしっとり感がはっきり感じられます。微細な入力はカットされて、大きなうねりはすばやく収束する。フラット感の高い、とても高級な足さばきです。
いくらでも振り回せる
ノーマルのS660も、決して乗り心地が悪いクルマじゃないですが、この値段でこの軽さでこのコーナリング性能ならこれで十分だな、というレベルでした。ところがモデューロXは、明らかに乗り味が高級になっている。
実はこの乗り味、特に高速道路でのフラット感に関しては、エアロによる効果もかなりの部分を占めているらしいけれど、私はただ「乗り心地がしなやかだ!」と感心するのみでした。
コーナリングでも基本的には同じ。しなやかな分、安定感が高く感じます。限界が上がったせいなのか? 上りのタイトコーナーでは、アウト側のタイヤがつんのめるようなピッチングが感じられましたが、スタビリティーがとても高いので、何が起きても大丈夫、いくらでも振り回せるゼ! という安心感があります。
S660モデューロX最大の美点は、この乗り心地の高級感と、安定感の高さでしょう。60km/hくらいから上で、常に「オレ、いいクルマに乗ってるなぁ」と思えるので、日常的な運転の楽しみは、確実に増えるはずです。内外装の趣味が合えば、285万円という価格も、お買い得だと言えます。
最後に、エンジンについて触れておきましょう。
実は試乗車で一番感心したのは、エンジンフィールの滑らかさでした。私が所有していた個体はもちろんのこと、ほかのS660(ホンダの広報車)と比べても、明らかにエンジンがシュオーンと気持ちよく回るのです。私の感覚では、これはピストン+コンロッドやバルブの重量バランス取りをした、レーシングチューンです。
しかし、モデューロXは、パワートレインは一切いじっていないはず。つまりこのフィールは、この個体特有のものでしょうが、とにかくこれは気持ちイイ! パワーアップが無理でも、こういうファインチューンはアリだったんだなぁ。もちろんエンジン部品のバランス取りは、実際やろうと思ったら、とても手間がかかるけど。
(文=清水草一/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
ホンダS660モデューロX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:285万0120円/テスト車=306万3960円
オプション装備:スカイサウンド インターナビ(21万3840円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:1728km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:263.1km
使用燃料:18.6リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:14.1km/リッター(満タン法)/15.3km/リッター(車載燃費計計測値)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。