“進歩的なスタジオ”が開発を担当

ちなみにギア いすゞ117スポーツに割り込まれる形となったギアのプロジェクトは、1966年11月のトリノショーでそろってベールを脱いだ「マセラティ・ギブリ」と「デ・トマソ・マングスタ」。このトリノショーでは、117クーペと近似性を感じさせるデザインの「フィアット・ディーノ クーペ」もデビューしている。どちらもほぼ同時期のジウジアーロ作品なので不思議はないのだが、フィアット・ディーノのデザインはギアではなくベルトーネ名義。ジウジアーロがベルトーネ在籍中、つまり117クーペより先に始まったプロジェクトであるが、公開は後になったわけである。この事実からも、ギア いすゞ117スポーツがいかに短期間で作られたかがわかるだろう。1960年代の日本車の急速な進化の裏には、予想外といっては失礼だが、こうしたイタリア人のスピーディーな仕事ぶりもあったのだ。

1966年10月の東京モーターショーのいすゞブースには、「いすゞ117」と称するフローリアンのプロトタイプ、そして「いすゞ117スポーツ」と名乗る117クーペのプロトタイプが並んで展示された。いすゞ117スポーツはジュネーブショー出展車両とは異なる、ギアで製作された2号車。1号車より丸みを帯びてよりソフィスティケートされ、ほぼ生産型に近い姿となっていた。

その頃にはいすゞは117スポーツの開発を決定、1966年末から翌1967年春にかけてチームをイタリアに送り込んでプロジェクトを進めることになるが、それと前後してイタリア側の体制にも変化が起きた。ジウジアーロがギアから独立、宮川氏らとともにイタルスタイリングを設立(公式な設立時期は1967年春、翌1968年にイタルデザインに改称)したのである。

「職人技に根ざした板金屋から発展した旧来のカロッツェリアとは一線を画す、モダンなマスプロダクションに直結するデザインおよびエンジニアリングを行うスタジオ」となるべく設立されたイタルスタイリングに、117クーペの開発はそのまま引き継がれた。117クーペの生産化をもくろむいすゞにとっては、そうした進歩的かつ合理的な発想を持つパートナーを得たことは、ジウジアーロがギアに移籍してきたことに続く幸運だったといえるかもしれない。

ジウジアーロがベルトーネ在籍時に手がけ、1966年秋のトリノショーでデビューした「フィアット・ディーノ クーペ」。「117クーペ」よりひとまわり大きいボディーに「ディーノ206GT」と基本的に同じ2リッターV6エンジンを搭載する。
ジウジアーロがベルトーネ在籍時に手がけ、1966年秋のトリノショーでデビューした「フィアット・ディーノ クーペ」。「117クーペ」よりひとまわり大きいボディーに「ディーノ206GT」と基本的に同じ2リッターV6エンジンを搭載する。拡大
1966年の東京モーターショーに「いすゞ117スポーツ」の名で出展された、ギアで製作されたプロトタイプ2号車。シャシーは並んで展示された前出の「いすゞ117」(「フローリアン」のプロトタイプ)用で、ハンドル位置はジュネーブ出展車両の左から右に変更された。ジュネーブ出展車両より丸みを帯びたボディーラインは市販モデルに近いが、当時のイタリアンスポーツによく使われていたボタン式のドアオープナーなどが異なる。
1966年の東京モーターショーに「いすゞ117スポーツ」の名で出展された、ギアで製作されたプロトタイプ2号車。シャシーは並んで展示された前出の「いすゞ117」(「フローリアン」のプロトタイプ)用で、ハンドル位置はジュネーブ出展車両の左から右に変更された。ジュネーブ出展車両より丸みを帯びたボディーラインは市販モデルに近いが、当時のイタリアンスポーツによく使われていたボタン式のドアオープナーなどが異なる。拡大
1967年11月に市販化された「いすゞ・フローリアン」。ヘッドライトは「いすゞ117」の4灯式から当時流行していた異形2灯に改められたが、そのリデザインはジウジアーロが担当したらしい。国産車には珍しい6ライトセダンだった。
1967年11月に市販化された「いすゞ・フローリアン」。ヘッドライトは「いすゞ117」の4灯式から当時流行していた異形2灯に改められたが、そのリデザインはジウジアーロが担当したらしい。国産車には珍しい6ライトセダンだった。拡大
1969年7月に登場した軽トラックおよびバン(写真)の「スズキ・キャリイ」(L40)。「117クーペ」はギアから引き継いだものだが、ジウジアーロが独立してイタルスタイリング(イタルデザイン)を設立後に最初に手がけた作品が、このキャリイという。
1969年7月に登場した軽トラックおよびバン(写真)の「スズキ・キャリイ」(L40)。「117クーペ」はギアから引き継いだものだが、ジウジアーロが独立してイタルスタイリング(イタルデザイン)を設立後に最初に手がけた作品が、このキャリイという。拡大
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