自動車業界再編で分かれた明暗

世界の自動車業界再編の動きは止まらなかった。存在感を高めるためにはニューモデルを投入する必要があるが、膨大な開発費がかかる。サーブの新型上級モデルのプロジェクトは、イタリアのフィアット、アルファ・ロメオ、ランチアと共同で行われることになった。基本設計を共用し、それぞれのメーカーが自社ブランドで販売する。1985年に発売された「サーブ9000」は、「フィアット・クロマ」、「アルファ・ロメオ164」、「ランチア・テーマ」の姉妹車として誕生した。

サーブ9000は順調な売れ行きを示したが、1車種だけで十分な利益を生み出すことは難しい。資金不足が表面化し、サーブはゼネラルモーターズ(GM)の支援を受け入れる。1990年にサーブは新会社となり、技術面でもGMの恩恵を受けることになった。1993年に2代目となった900は、「オペル・ベクトラ」とプラットフォームを共用している。サーブは2000年にGMの完全子会社になった。

ボルボの経営状況も次第に悪化していく。当時は400万台以上の規模を持たない自動車会社は立ち行かなくなるといわれており、規模の拡大が急務とされていた。提携を模索した結果、1999年にフォードの傘下に入ることが発表される。アストンマーティン、ジャガー、ランドローバーとともに高級車ブランドのPAG(プレミア・オートモーティブ・グループ)に加わることになったのだ。もともとボルボとサーブはアメリカ志向が強く、この組み合わせは納得のいくものだった。豊富な資金力を得て、両メーカーは魅力的なモデルを開発していく。

しかし、今度は肝心のGMとフォードが経営難に陥ってしまう。新たな危機の後、2社の命運はくっきりと分かれた。サーブはいくつかの企業のもとで再建が計画されたが、資金不足などでいずれも暗礁に乗り上げ、2017年にブランドは消滅した。一方、ボルボは2010年に中国の吉利グループに売却されたが、開発の拠点はスウェーデンに置かれたまま、質の高いモデルを製造し続けている。2017年7月、ボルボが2019年以降に発売するモデルは内燃機関のみのパワーユニットを採用しないと発表した。時代の流れにいち早く対応する姿勢を見せ、北欧の枠を超えたグローバルなプレミアムブランドとなるという方向性を選択したのだ。

(文=webCG/イラスト=日野浦 剛/写真=サーブ、ボルボ・カーズ、二玄社)

イタリアのランチアやフィアット、アルファ・ロメオと共同で開発された「サーブ9000」。ボディーについてもイタリアのイタルデザインが手がけた。
イタリアのランチアやフィアット、アルファ・ロメオと共同で開発された「サーブ9000」。ボディーについてもイタリアのイタルデザインが手がけた。拡大
2010年に発表された、サーブにとって最後のモデルとなった大型セダン「サーブ9-5セダン」。GMを離れ、スパイカーの傘下となってから生産されたモデルだが、その中身はGM時代に開発されたものだった。
2010年に発表された、サーブにとって最後のモデルとなった大型セダン「サーブ9-5セダン」。GMを離れ、スパイカーの傘下となってから生産されたモデルだが、その中身はGM時代に開発されたものだった。拡大
2003年に発表されたボルボのエントリーモデル「S40」。ワゴン版である「V50」ともども、コンポーネンツの多くをマツダやフォードと共有していた。
2003年に発表されたボルボのエントリーモデル「S40」。ワゴン版である「V50」ともども、コンポーネンツの多くをマツダやフォードと共有していた。拡大
リーマンショックに端を発する経営難を乗り切るため、フォードはPAG(プレミア・オートモーティブ・グループ)に属するブランドの売却を決定。ボルボは中国の吉利グループに売却された。
リーマンショックに端を発する経営難を乗り切るため、フォードはPAG(プレミア・オートモーティブ・グループ)に属するブランドの売却を決定。ボルボは中国の吉利グループに売却された。拡大
2017年にデビューした「ボルボXC60」。世界各国でカー・オブ・ザ・イヤーに輝くなど、高い評価を得ている。
2017年にデビューした「ボルボXC60」。世界各国でカー・オブ・ザ・イヤーに輝くなど、高い評価を得ている。拡大
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