消費と贅沢を追い求めた果ての破滅

2016年の映画『20センチュリーウーマン』は、1979年のサンタバーバラが舞台だった。他人を思いやる気持ちがまだアメリカの広範囲に残っていた頃で、マイク・ミルズ監督が考える最後の善き時代だ。ラスト近くにテレビで当時の大統領ジミー・カーターが国民に語りかけるシーンがある。“自信喪失の危機スピーチ”として知られる有名な演説だ。アメリカ人が消費と贅沢(ぜいたく)ばかりを追い求めているとして、彼は「これからの5年間が今までの5年間より悪いものになるだろうと国民の大半が信じている」と指摘した。

『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』が見せるのは、カーターの“予言”が的中してアメリカの魂が失われた世界である。カフェではアンディ・ウォーホルがアートを語り、レストランで供されるのは1959年のシャトー・ラフィット・ロートシルトだ。街は華やかな空気に満ちている。その空虚さは、同時代にジェイ・マキナニーの『ブライトライツ・ビッグシティ』やブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』が暴いてみせた。

ジョーは“パラドックスの哲学”を掲げ、金取引で大損しながらも「視点を変えれば善悪の境が変わる」と言い放つ。内容のないただのダマシ言葉だが、引っかかる人はいくらでもいたのだ。もちろん、デタラメな商売がいつまでも続くわけがない。金が無から湧いてくることはないのだから、自転車操業は行き詰まるに決まっている。窮地に陥った彼らは、海千山千のレヴィンにとっては格好の獲物だった。快活な空気は一変し、物語は悲劇的な色彩を帯びる。虚構の友情は崩れ去り、事態はカタストロフに向かって突き進んでいく。

恐ろしいのは、これが実話に基づく作品であることだ。BBCは実在した社交クラブであり、詐欺やそれ以上の重大犯罪が発覚して裁判が開かれている。映画で展開されるストーリーは、実際の判決で採用された筋書きとは異なる。本当は誰が一番悪かったかを詮索することにはあまり意味がない。彼らだけでなく、あの頃の人々の多くが病的な妄想と狂気に取りつかれていたのだ。

(文=鈴木真人)

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第182回:M635CSiの輸入から始まった狂乱の日々『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』の画像拡大
『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』
2018年11月10日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開!
 
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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