セミATを採用した「T型フォード」

マニュアルトランスミッションは発進を助けるとともに変速も担うよくできたシステムだったが、問題は、スムーズにこれらの操作をこなすには、ある程度の熟練が必要であることだ。誰もが自動車を運転できるようにするために、トランスミッションの自動化が早い時期から求められていた。手動式のマニュアルトランスミッション(MT)に対し、自動式はオートマチックトランスミッション(AT)と呼ばれる。運転方法をシンプルにするとともに、スムーズな発進と走行を実現する機構である。

ATは早くも1904年に試作されている。アメリカのトーマス・J・スターテバントが考案したもので、遠心クラッチに前進2段、後進1段の歯車式変速機を組み合わせていた。ウェイトが遠心力によって押し出される動きを利用し、クラッチの断続とギアの組み替えを行う仕組みだった。1905年にはドイツのヘルマン・フェッティンガーがトルクコンバーターの原型となる装置を発明している。船舶用に開発されたもので、減速機構でトルクを高める効果を備えていた。

1908年に製造が始まった「T型フォード」には、セミオートマチック式ともいうべきトランスミッションが採用されていた。ハンドブレーキとクラッチが連動しており、チェンジペダルを踏みながらブレーキを緩めることで発進する。チェンジペダルを離すとハイギアに切り替わる2段式だった。完全に自動化されてはいないものの、プラネタリーギアや湿式クラッチなどを使うところは現代のATにも通じる技術である。

1920年代に入ると本格的にATを実用化する試みが登場する。イギリスのシンクレアは、フルードカップリングを利用したシステムを搭載したバスをロンドンで運行させた。トルクコンバーターの研究も続けられており、1930年代にはドイツで量産化が始まる。乗用車での実用化は、アメリカが先んじた。貴族や上流階級の趣味として始まったヨーロッパと違い、アメリカでは自動車は何よりも実用的な交通手段だと受け止められていた。運転操作の簡単さ、快適さが重視されたのは当然だろう。左足でクラッチペダルを踏む必要のない、ATのイージードライブが支持されたのである。

自動変速機を初めて製作したのは、粉砕機や攪拌(かくはん)機などを製造していた、米スターテバント社のトーマス・J・スターテバントだった。
自動変速機を初めて製作したのは、粉砕機や攪拌(かくはん)機などを製造していた、米スターテバント社のトーマス・J・スターテバントだった。拡大
遊星ギアの半自動トランスミッションを搭載した「T型フォード」。1909年初頭までは、前進・後退をレバーで行う2ペダル方式だったが、後にリバースを真ん中のペダルで行う3ペダル方式に変更された。
遊星ギアの半自動トランスミッションを搭載した「T型フォード」。1909年初頭までは、前進・後退をレバーで行う2ペダル方式だったが、後にリバースを真ん中のペダルで行う3ペダル方式に変更された。拡大
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