10カ月で試作車を完成させる

試作車を引き取りに行ったのは、8月14日である。開発を始めてからわずか10カ月という驚異的な短さで1号車を仕上げたのだ。トヨタに戻ってすぐに試運転したというから、それなりの完成度だったのだろう。この年に行われた東京モーターショーに2000GTは出品され、低く構えた流麗なスタイルが人々を驚かせた。

会場には、「ホンダS800」「いすゞ・ベレット1600GT」「スバル1000」なども展示されていた。ショーが始まる19日前に外国車の輸入が解禁されており、各メーカーはそれに対抗するため、魅力的な新型車を競って発表したのだ。トヨタが初の本格的純国産乗用車クラウンを作ってから10年、日本の自動車産業は欧米の強力なメーカーと争う時代に突入していた。

2000GTの次なる目標は、1966年5月の第3回日本グランプリに設定された。レースを通じて弱点の洗い出しと性能の向上を図ることにしたのである。第2回までと違い、細かいクラス分けをやめて富士スピードウェイを60周するメインレースに一本化されていた。

開発陣は、レースのために軽量なアルミボディーのスペシャルマシンを用意した。しかし、プロトタイプレーシングカーの出場も認められていたので、市販化前提のスポーツカーである2000GTにとっては勝ち目のない戦いである。それでも、2台の「プリンスR380」に続いて3位でフィニッシュし、ポテンシャルの高さを見せた。

「2000GT」は1965年の東京モーターショーで発表された。「いざなぎ景気」の始まりもあり、同年の東京モーターショーは実に150万人もの来場者を集めたという。
「2000GT」は1965年の東京モーターショーで発表された。「いざなぎ景気」の始まりもあり、同年の東京モーターショーは実に150万人もの来場者を集めたという。拡大
輸入解禁によって日本に押し寄せる外国車に対抗するため、1965年にはさまざまな新型車が登場した。写真は1.6リッターDOHCエンジンを搭載した「いすゞ・ベレット1600GT」
輸入解禁によって日本に押し寄せる外国車に対抗するため、1965年にはさまざまな新型車が登場した。写真は1.6リッターDOHCエンジンを搭載した「いすゞ・ベレット1600GT」拡大
1966年に発売された「スバル1000」。効率的なFFの駆動方式に、水平対向エンジン、インボード式のフロントブレーキなど、さまざまな技術が取り入れられた革新的なモデルだったが、市場で人気を得るには至らなかった。
1966年に発売された「スバル1000」。効率的なFFの駆動方式に、水平対向エンジン、インボード式のフロントブレーキなど、さまざまな技術が取り入れられた革新的なモデルだったが、市場で人気を得るには至らなかった。拡大
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