2台のキャデラックでコンサートツアー

ドクターが譲歩し、トニーは運転手を引き受ける。レコード会社がツアーのために用意したのは、2台の「キャデラック・ドゥビル」。鮮やかなブルー・グリーンの4ドアハードトップだ。1台にはチェロのオレグとベースのジョージが乗り、もう1台はトニーが運転して後席にドクターが座る。今なら1台のミニバンで移動するのだろうが、「ダッジ・キャラバン」や「プリマス・ボイジャー」が登場するのは1980年代なかばである。

トニーがいつものように片手運転していると、ドクターは「手を10時と2時の位置に」と叱責(しっせき)する。タバコを吸いながら運転するのも禁止し、おしゃべりにもいい顔をしない。後席に姿勢よく座るドクターは、すべてがキチンとしていなければ嫌なのだ。いきなり友達感覚で打ち解けようとするトニーの態度は無礼だと感じている。

ラジオから聞こえてくるのはリトル・リチャードのヒット曲。ノリノリのトニーとは対照的に、ドクターは興味を示さない。「アレサ・フランクリンやサム・クックは同胞だろう?」とトニーは言うが、同じ黒人でもドクターにとっては遠いジャンルの音楽なのだ。彼は9歳でレニングラード音楽院に留学してピアノを学んだ秀才である。

ケンタッキー州を通ると、トニーはフライドチキン屋に立ち寄る。当時からフランチャイズが全米展開していたが、本場で食べたいと思うのは人情である。黒人はフライドチキンが好きと思われていたようで、トニーはドクターにも食べるように勧めた。しかし、彼は手でつかんで食べるなんてマナー違反だと考える。黒人の嗜好(しこう)と行動パターンが全員同じであるはずがない。

© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
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「キャデラック・ドゥビル」
フランス語で“街の”という意味を持つde villeが車名の由来。1959年に登場した初代は巨大なテールフィンを持っていたが、映画で使われているのは1961年からの2代目モデルで、おとなしめの意匠になっている。8代目までモデルチェンジが行われ、2005年にグレード名だった「DTS」が車名となった。
(写真=RM SOTHEBY'S)
「キャデラック・ドゥビル」
	フランス語で“街の”という意味を持つde villeが車名の由来。1959年に登場した初代は巨大なテールフィンを持っていたが、映画で使われているのは1961年からの2代目モデルで、おとなしめの意匠になっている。8代目までモデルチェンジが行われ、2005年にグレード名だった「DTS」が車名となった。
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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