方向を変えられず壁に激突

全長が7.2m、全幅が2.3m。現代のクルマで言えばストレッチリムジンぐらいの大きさだ。重量は3tほどで極端なフロントヘビーだが、後部に重い大砲を載せることを考えればバランスがとれている。木製のラダーフレームを用いており、木製のホイールに鉄製の輪が装着されていた。

ステアリングは船のかじを流用していたが、機構としてはラック&ピニオン式ということになる。ただ、実際にはほとんど方向を変えることはできなかったようで、テスト走行で壁に激突する事故を起こしている。ということは、ブレーキも利かなかったわけだ。

スピードは9.5km/hほどだったが、水の消費が激しくて15分おきに給水しなければならず、1時間で4kmも走れなかったらしい。十分に熱しないと蒸気機関が動かなかったので、始動には長い時間がかかった。軍事目的での使用に堪える性能とはとても言えないレベルである。その後は改良されることなく放置されてしまった。破壊されそうになったこともあるが運よく保管され、1801年からパリ工芸博物館に展示されている。

キュニョーの砲車が戦場で使われることはなかったが、蒸気自動車の研究は各地で続けられた。1801年には、イギリスのリチャード・トレビシックが高圧蒸気機関を用いた「パフィング・デビル号」のデモ走行を成功させた。彼は3年後、世界初の蒸気機関車「ペナダレン号」を作っている。

18~19世紀の発明家、リチャード・トレビシックが製作した蒸気自動車「パフィング・デビル号」。
18~19世紀の発明家、リチャード・トレビシックが製作した蒸気自動車「パフィング・デビル号」。拡大
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