R8を大衆車扱いする超絶富裕層
東洋人ばかりのキャストでヒットを飛ばすという前代未聞の快挙が話題となった作品である。『クレイジー・リッチ!』の原題は『Crazy Rich Asians』。シンガポールの金持ち一家で巻き起こる恋愛騒動を描いたロマンチックコメディーだ。
金持ちといってもピンキリで、ヒルズ族などは本当の富裕層からすれば底辺なのだろう。ZOZOの社長だってひよっこである。シンガポールのヤン家は中国から移住して建国当時から不動産を一手に仕切っており、一族は香港や台湾、上海などでも勢力を伸ばしている。
アメリカ暮らしがすっかり身になじんでしまった跡取り息子のニック・ヤン(ヘンリー・ゴールディング)は異端児だ。彼の恋人がニューヨーク大学の経済学教授レイチェル・チュウ(コンスタンス・ウー)。ニックは親友コリン(クリス・パン)の結婚式に出席するためにレイチェルを連れて帰省する。しかし、自分が超金持ちであることは話していないのだ。親友は「ランドローバー・ディフェンダー」に乗って空港でお出迎え。食事をしに向かったのはサテーが名物の屋台村である。彼らは金持ちでありながら普通の感覚を保っているタイプなのだ。
レイチェルは久しぶりに再会した旧友ペク・リン(オークワフィナ)の「アウディR8」に乗ってヤン家のパーティーへ。彼女の実家もそこそこの金持ちだが、豪邸に到着するとレベルの違いは歴然だった。訪問客のクルマはロールス・ロイスとベントレーが標準で、R8は大衆車扱いである。庶民とは隔絶した世界で、一介の大学教授でしかないレイチェルが歓迎されないのは当然だ。ニックの母エレノア(ミシェル・ヨー)とのバトルは避けられない。
コリンの結婚前にぼんくら息子どもが集まってバチェラーパーティー。「BMW i8」や「マクラーレンMP4-12C」でやってきた彼らがヘリコプターに乗って向かったのは、洋上に浮かぶコンテナ船だった。浮世とは隔絶した人工的なパラダイスを仕立てていたのである。
想像を絶するゴージャスさだが、驚くには値しない。酒池肉林という言葉は、殷王紂(いんおうちゅう)が妲己(だっき)のために造った庭園の沙丘(さきゅう)に酒を満たした池を作り、樹木に干し肉をつるして宴を開いた故事に基づく。秦(しん)の始皇帝は巨大な阿房宮(あぼうきゅう)と驪山陵(りざんりょう)を建造している。隋(ずい)の煬帝(ようだい)は首都・長安から江都(こうと)までの大運河を作り、長さ600mの龍舟を浮かべて美女とたわむれた。中国4000年の歴史は、クレイジー・リッチによって紡がれてきたのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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