「マツダ3」と「e-ゴルフ」で環境負荷はどう変わる?
マツダの研究結果からエコについて考えた
2019.03.29
デイリーコラム
排ガス問題はトータルで
地球の環境を悪化させる温暖効果ガス。クルマで言えば、排ガスに含まれる二酸化炭素だ。その排出量を減らすには燃費性能を高めるのが効果的で、排ガスを減らすという目標の先には電気自動車(EV)がある。そのため地球環境に優しいクルマとしてEVは注目され、一方で、内燃機関を搭載するクルマはしばしば悪者のように言われてきた。
しかし、本当にEVは正義で、内燃機関は悪なのだろうか?
冷静になって考えてみれば、そうした見方は近視眼的であり、誤っているところがあるだろう。なぜなら、EVの走行に使う電気は、その多くが火力発電所をはじめとする発電施設で作られているのだから。もちろん原子力発電や太陽光発電もあるが、その発電量は限定的だ。特に日本では、現在のところ、多くの原子力発電所が稼働していないのだ。このように、燃料を作り出すところからトータルの環境負荷を考えるのが「Well to Wheel(ウェル・トゥ・ホイール)」である。「井戸からホイール(タイヤ)まで」という意味で、発電および燃料精製から走行中までを含む。なお、「燃料タンクから走行まで」は「Tank to Wheel」という考えで扱われる。
筆者は先ごろ、日本の最新鋭のリチウムイオン電池工場を見学した。その工場の生産ラインは、二重扉の奥で湿度と温度が一定になるよう厳密に管理されたクリーンルームであった。空調にかかる電力は相当なものになるという。つまり、エコカーに用いられるリチウムイオン電池は、製造時点で非常に高いエネルギーを必要としており、その電力使用分に相当する二酸化炭素を排出しているといえる。EVは、走行中に限って言えばクリーンだが、車体の製造と電力確保の過程でたくさんの二酸化炭素を出しているわけだ。
地球環境をきちんと考えるならば、走行中だけではなく、車両の製造や電気エネルギーの確保、さらに言えば、クルマを廃棄するところまでを考える必要がある。それがLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)だ。
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EVを造るマツダが試算
マツダは、2019年3月5日に九州大学で開催された「日本LCA学会研究発表会」において、「LCAによる内燃機関自動車とBEV(電気自動車)のCO2排出量の算定」を発表した。
これは、製造から使用、破棄までの“クルマの一生”で排出される二酸化炭素を、内燃機関を搭載する自動車とEVとで比較したというもの。しかも日本国内だけに限らず、欧州、アメリカ、中国、オーストラリアも対象とした5地域での比較だった。研究は、LCA研究の大家である工学院大学の稲葉 敦教授の監修のもとで行われた。ちなみにマツダは「2020年にオリジナルのEVを市販する」と明言している。前提として内燃機関推し一辺倒なのではなく、EVと内燃機関搭載車の両方を扱うメーカーというフェアな立場になっている点にも注目だ。
比較対象となった車種は、「マツダ3」のガソリン車とディーゼル車、そしてフォルクスワーゲンのピュアEV「e-ゴルフ」だ。リチウムイオン電池の製造時に発生する二酸化炭素量のデータは、複数あるものの平均値とした。走行時の燃費と電費はカタログ値。中国とオーストラリアではe-ゴルフが発売されていないため、欧州の数値を利用。各国の電源構成は2013年のデータを使用。車両のライフサイクルについては、走行16万kmでバッテリーを交換し、走行20万kmで破棄。こういった前提条件で、新車時から廃棄時までの二酸化炭素排出量を計算したのだ。
算出した二酸化炭素量をひとつのグラフに重ね合わせると、どこの国でも似たようなものになった。新車時での二酸化炭素排出量は、EVの方が高い。しかし、走行を重ねるに従って、内燃機関のクルマの二酸化炭素量が多くなっていき、あるところで逆転する。発電時の二酸化炭素排出量が少なく、内燃機関車のカタログ燃費値が悪いほど逆転のタイミングは早くなる。燃費が良ければ、逆転の時は遅くなる。
現時点でのEV優位は限定的
試算した結果、最も早くEVと内燃機関車の逆転が起こるのはアメリカだった。走行6万0779kmの時点でEVの方が二酸化炭素排出量は少なくなり、そのままの状況で一生を終えることになった。一方で、最初から最後までポジションが変わらなかったのはオーストラリアだ。火力発電が多いことに加えて内燃機関のクルマの燃費が良好なまま推移するであろうオーストラリアでは、終生、内燃機関のクルマのほうがEVよりも二酸化炭素排出量は少ないのだ。
欧州はガソリン車とディーゼル車とで異なる結果となった。燃料を精製するときに排出する二酸化炭素量が違うためだろう。ガソリン車で言えば、走行7万6545kmで逆転。その後は、ずっとガソリン車のほうが排出量の多いまま推移する。「走行7万km以上使うのであれば、EVのほうが環境に優しい」というわけだ。ディーゼルは走行10万9415kmで逆転。さらに16万kmのバッテリー交換で再逆転する。つまり、「EVのほうが二酸化炭素排出量が少ない」のは、走行10万9415kmから16万kmの間だけ。他の使用期間であればディーゼルのほうが少ないというわけだ。
日本と中国は似たような結果となった。日本は走行11万kmほどで逆転、バッテリー交換タイミングに設定した16万kmで再逆転。中国も12万km弱で逆転、16万kmで再逆転。つまり、どちらの国もEVの二酸化炭素排出量が少ないと見積もれる時期は、限定的。「全体としては内燃機関のクルマのほうが長期間にわたって二酸化炭素排出量を少なくできる」という研究結果になった。日本も中国も火力発電が多く、原子力発電や再生可能エネルギーの割合が少ないというのが理由だろう。
こうして計算してみれば、意外と内燃機関のクルマも悪くないことがわかる。ただし、これは電源構成の内容によって結果が異なる。もしも、自然エネルギーや再生可能エネルギー、原子力発電の割合が変われば、よりEVに有利な結果となることだろう。そういう意味では、EVの有効性は、車両だけでなく再生可能エネルギーの利用拡大とセットで考えるべきなのだ。
まずは、しっかりと根拠のある数字を示したという意味で、マツダの今回の研究は価値あるものと言えるだろう。
(文=鈴木ケンイチ/写真=マツダ、フォルクスワーゲン グループ ジャパン/編集=関 顕也)

鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。