ホンダ・ローバーに感じる日本品質

先ほどの統計に話を戻せば、イタリアが英国から輸入している品目のうち、自動車は19億2100万ユーロ。2年連続で減少しているものの、業種別では依然トップである。ブランド別のトップ3は、2206台のMINI、1338台のランドローバー、659台のジャガーだ。

ところで英国車といえば、ホンダとの提携関係によって生まれたローバーが存在した。

知人のイタリア人眼科医は、そのひとつである「ローバー600」に乗っていた。「ホンダ・アコード」の姉妹車で、1993年から1999年まで生産された。

その医師は「雨が降るとハイドロプレーニングがよく起きたものだ」と回想する。そして「装備はあまり充実していなかった」とも。日本車の流れをくみながら、アクセサリーに対する期待値にはあまり応えられなかったようだ。

それでも「デザインがとても気に入っていたよ。今になって見るとやや古いが、常に気品があった」と振り返る。「えっ、今になって見ると、とは?」と聞き返すと、なんと今日も彼の義父がお下がりとして乗っているという。モデルイヤーは聞き忘れたが、最低でも車齢20年ということになる。

気がつけば、他のヤングタイマー英国車が路上からほとんど消えてしまった中、確かに“ホンダ・ローバー”は、イタリアで生き残っているのをたびたび見かける。これは日本品質によるものなのか、興味のあるところだ。

ちなみに同時期にホンダの英国工場で製造された「コンチェルト」は、フランスの自動車誌『ヤングタイマー』が最近の号で取り上げている。リポーターはその変速機が完璧であることなどを絶賛したうえで、「忘れられてしまったが、極めて興味深いクルマ」と紹介している。

イタリアのサービスエリアで遭遇した「ローバーSD1」。フェラーリの“デイトナ”を想起させるピニンファリーナのデザインは、今見ても凛々(りり)しい。
イタリアのサービスエリアで遭遇した「ローバーSD1」。フェラーリの“デイトナ”を想起させるピニンファリーナのデザインは、今見ても凛々(りり)しい。拡大
ホンダの流れをくむローバーの一例。「ローバー200」は、「バラード」の姉妹車だった。2003年11月、ある夕刻に撮影。
ホンダの流れをくむローバーの一例。「ローバー200」は、「バラード」の姉妹車だった。2003年11月、ある夕刻に撮影。拡大
ロンドン・パディントン駅近くで。テスラにメルセデス……、この街でもはやプレミアムカーは、外国ブランドを意味するようになって久しい。
ロンドン・パディントン駅近くで。テスラにメルセデス……、この街でもはやプレミアムカーは、外国ブランドを意味するようになって久しい。拡大
1980年代のテレビCMで田原俊彦と松田聖子がばったり出会ったのは、赤いテレフォンボックスの前だった。ただし中の電話機は、とっくに撤去されている。
1980年代のテレビCMで田原俊彦と松田聖子がばったり出会ったのは、赤いテレフォンボックスの前だった。ただし中の電話機は、とっくに撤去されている。拡大
体感値ではあるが、ボクスホールも見かける機会が減った。これはオペルにも同名の姉妹車がある最高級モデル「インシグニア」。
体感値ではあるが、ボクスホールも見かける機会が減った。これはオペルにも同名の姉妹車がある最高級モデル「インシグニア」。拡大
眼科医師が長年乗っていた「ローバー600」は、彼の義父のもとにある。ただし近い将来、息子(写真)の運転免許取得後第1号車として舞い戻ってきそうだ。
眼科医師が長年乗っていた「ローバー600」は、彼の義父のもとにある。ただし近い将来、息子(写真)の運転免許取得後第1号車として舞い戻ってきそうだ。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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