第603回:駆けぬけた歓び!?
イタリア在住・大矢アキオが振り返る「平成」

2019.05.10 マッキナ あらモーダ!

伊仏メディアがとらえた「令和」

「令和」時代が始まった。筆者個人としては、選考の過程で別候補にあった「万保」のほうが楽しそうでよかった。読み方は「マンボ」にしたい。だからひそかに今年は「マンボ元年」であると思っている。

そのようなたわごとはともかく、2019年5月1日、イタリアやフランスのメディアでも、日本の元号が令和に変わったことが伝えられた。

イタリアの主要紙『コリエッレ・デッラ・セーラ電子版』は、国際欄での扱いだった。スペイン総選挙で社会労働党が第一党になったニュースの次に扱っていた。タイトルは「誰も見ることができない三種の神器」である。経済紙『イル・ソーレ24オーレ電子版』は、トップページの一角に動画付きでの扱いだった。こちらは「自分は平成生まれだから、どこか寂しい」といった日本の少年の声などを伝えていた。

同日の『フランス24』は、新天皇に関して「人気のある父、明仁(上皇)のように」日本の20世紀初頭の軍国主義を軽視することなく、「第2次世界大戦を正しく認識することを大切にしている」といった分析をしていた。ちなみにフランスのクラシック音楽専門FM局ラジオ・クラシックのプレゼンターは、トピックとして紹介したあと、「サヨナラ」と言って同席の出演者と盛り上がっていた。ひとときの日本ブームである。

筆者の記憶の範囲でイタリア人やフランス人が歴史の節目として盛り上がったものといえば「西暦2000年」と、21世紀の始まりである翌「2001年」である。いずれも祝いのムードの傍らで、終末思想のようなものも流布したものだ。それからすると平成から令和へのチェンジは、外国のものとはいえ、好意的にとらえられている。

筆者は、昔話をするにはまだ早すぎる。それにイタリアに住んでいると、日ごろ元号を意識することはまったくない。それでも、こちらのメディアでこれだけ取り上げられると、やはり意識せざるを得ない。そこで今回は、筆者個人の「平成のはじめ」を振り返ってみることにした。

平成ひと桁時代、東京で編集記者時代の筆者。今回は、以下元号で記す。
平成ひと桁時代、東京で編集記者時代の筆者。今回は、以下元号で記す。拡大
大学の卒業アルバムから。どこか事件に巻き込まれたときにニュースで紹介される写真のようで、自分で見てもこわい。
大学の卒業アルバムから。どこか事件に巻き込まれたときにニュースで紹介される写真のようで、自分で見てもこわい。拡大
平成元年、筆者が就職した二玄社の編集部が入居していた東京・神田三崎町の古室ビル。
平成元年、筆者が就職した二玄社の編集部が入居していた東京・神田三崎町の古室ビル。拡大
ビルは令和元年5月現在、日大法学部の5号館になっている。
ビルは令和元年5月現在、日大法学部の5号館になっている。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。

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