衝動的に1500万円のクルマを購入

自分は若くして独立し、華やかな業界でそれなりの地位を築いている。スポーツカーは、自分のような人間にこそふさわしいのではないか。

「見た目が美しいデザインのスポーツカーの乗り手には、肉体的に衰えた中高年よりも、頭髪や未来のある若者のほうが、似合っている」

街でポルシェのショールームを見かけ、太郎は衝動的に入ってしまう。担当者から言われるままに「ケイマン」と「911ターボ」に試乗し、勢いで見積もりをとってもらった。必須のオプションが多いので、ケイマンは1000万円、素の911が1800万円。彼は認定中古車も見せてもらい、走行距離4000kmの「911カレラ カブリオレ」を購入することに決める。

大照太郎は、この瞬間からポルシェ太郎に生まれ変わった。車体価格は1506万円。彼の年収とほぼ同じである。人生を一変させる決断だ。駐車場も借りた。月8万円もするのに、マンションからは徒歩8分。せっかく買ったのだから、仕事で名古屋に行くにもポルシェに乗る。新幹線で行ったほうが早いのに。

もちろん、スポーツカーを買ったことを世間に向けてアピールする。人に会うたびに話すのはもちろん、フェイスブックでも情報を発信。「人生が最大限うまくいっていることの象徴でもあるポルシェという美しい無機物と、一緒に写っている自分」の写真をアップするのだ。

ミーハーだし、浮かれ気分はみっともない。ただ、太郎は自分が平凡な人間であることをわかっている。企業からPRを請け負い、タレントや有名人を使ってイベントを開催し、多くの人を集める。派手でキラキラした世界だが、特別な才能はいらない。「人や企画を右から左にまわすだけで金がもらえる、誰にでもできる仕事」なのだ。だからこそ、ステータス性の高いスポーツカーのポルシェを手に入れることで、自分が変われるかもしれないと思っている。

「ポルシェ911」
1964年からポルシェが製造しているスポーツカーで、水平対向エンジンをリアに搭載し、後輪を駆動する方式が特徴。オープンモデルが登場したのは1983年で、モデルチェンジを受けてもカブリオレが造られ続けている。
「ポルシェ911」
	1964年からポルシェが製造しているスポーツカーで、水平対向エンジンをリアに搭載し、後輪を駆動する方式が特徴。オープンモデルが登場したのは1983年で、モデルチェンジを受けてもカブリオレが造られ続けている。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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