FCAの歴史=買収の歴史

次に、FCAの歴史という視点から経営統合案を検証してみる。

その前身であるフィアットは、今からちょうど120年前の1899年にジョヴァンニ・アニエッリ(初代)を含むトリノの企業家・有識者が設立したFabbrica Italiana Automobili Torino(トリノ・イタリア自動車製作所)に由来する。

しかし、既存メーカーであるチェイラーノの工場および特許の買収から発足したことに象徴されるように、以後も買収による拡大が続けられた。

創業3代目にあたるジョヴァンニ・アニエッリ(2世)は、外国企業がイタリア半島に生産拠点を構えることを徹底的に嫌い、結果として国内ブランドの買収を繰り返した。

1965年には、フォードが買収を画策していたフェラーリ(2016年にFCAからスピンオフ)に手を差し伸べた。1986年のアルファ・ロメオ取得も、フォードによる買収を阻止するための決定といっていい。さらに1990年のインノチェンティ/マセラティ取得は、複数の関係者によれば、「インノチェンティと手を組んで欧州市場でのシェア拡大を図ろうしたダイハツを阻止するためだった」との説がある。

そうしたフィアットにとって、初の大規模かつ国際的な協業は、ようやく2000年に調印されたゼネラルモーターズ(GM)との株式の持ち合いを含む業務提携だったといってよい。しかしGMとフィアットの双方にシナジー効果は表れず、そればかりか双方の経営に暗雲が立ち込めたことから、5年後にその協力関係は解消された。

その後2009年に、破産したクライスラーをフィアットが買収。番頭役を務めたセルジオ・マルキオンネ(2018年に死去)の手腕により、さまざまな成果を生み出した。

そうした経緯に対して、今回のルノーとの経営統合構想は、他社と権限を大幅にシェアするという点で、フィアット時代から続くFCAの120年の歴史において初の展開となる。

1899年「フィアット4 HP」。トリノ自動車博物館蔵。
1899年「フィアット4 HP」。トリノ自動車博物館蔵。拡大
トリノ・リンゴット地区にあるフィアットの旧本社。
トリノ・リンゴット地区にあるフィアットの旧本社。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。

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