「326」で大型高級車市場に参入

二輪車メーカーとして成功を収めると、BMWでは自動車製造へ進出する機運が高まった。しかし、オートバイが売れたといっても、すべてを自社開発するほどの資本はない。大株主のダイムラー・ベンツは自社製品と競合するモデルの販売は許さず、BMWは小型車のライセンス生産を目指すことになった。

折よくも、ディクシー・アウトモビール・ヴェルケという会社を売りたいという話が持ち込まれる。1896年に創業したファールツォイク・ファブリーク・アイゼナハが発展した会社で、イギリスの「オースチン・セブン」のライセンス生産を行っていた。1928年にBMWはディクシー社を買収し、「3/15 PS」の生産・販売を開始する。ベースとなったセブンは中産階級の人々でも手に入れられる実用車として人気となっていて、BMWが独自の改良を施したモデルも好調な販売を記録した。

BMWの完全なオリジナルモデルは1933年に誕生した。直列6気筒エンジンを搭載した「303」である。排気量は1173ccで出力は30馬力、最高速度は90km/hだった。スタイルはオーソドックスなものだったが、フロントの左右に長円形のグリルを備えたのが目を引いた。今に至るまでBMWのデザインアイコンとなっているキドニーグリルは、このモデルから始まったのである。

この年、ドイツではヒトラーが政権を握り、モータリゼーションの推進を掲げた彼は自動車登録税を廃止した。大排気量車の購入に有利な条件で、BMWは上級モデルの開発に動く。1936年、「326」がデビュー。全長4600mm、全幅1600mmという大型ボディーで、流行の流線形デザインを取り入れていた。エンジンは1971ccとなり、最高出力は50馬力。BMWは悲願の大型高級車市場に初めて参入したのだ。

同じ年、ニュルブルクリンクに新型のスポーツカーがさっそうと姿を現した。圧倒的な速さでレースに勝利するが、そのモデルはプロトタイプでテストのために走行したことが後で判明する。翌年になって市販車として登場したのが「328」だった。エンジンは326と同じシリンダーブロックを使用していたが、ヘッドはアルミ製で圧縮比を6:1から7.5:1に変更。出力は80馬力まで向上し、830kgの軽量ボディーを150km/hで走らせた。

発売後にもレースへの参加を続け、1940年のミッレミリアではスペシャルボディーが与えられたマシンで優勝を果たしている。流麗なデザインと走行性能の高さが称賛され、戦前のBMW最高傑作は328だと考える人が多い。しかし、ビジネスとしては成功しなかった。総生産台数はわずか462台にとどまる。ヨーロッパには再び戦争の影が広がり、BMWも1939年からは軍需に向けた生産に専念することになる。

ミュンヘン・ミルバーツホーフェンに位置するBMWの工場。(1920年代)
ミュンヘン・ミルバーツホーフェンに位置するBMWの工場。(1920年代)拡大
1929年に登場した「BMW 3/15 PS」。BMWの名を冠した最初の四輪モデルは、イギリスの大衆車「オースチン・セブン」をライセンス生産したものだった。
1929年に登場した「BMW 3/15 PS」。BMWの名を冠した最初の四輪モデルは、イギリスの大衆車「オースチン・セブン」をライセンス生産したものだった。拡大
「3/15 PS」に続く「3/20 PS」で、BMWは初めて四輪車に自車開発のエンジンを搭載。1933年に登場した「303」(写真)は同社初の完全オリジナルのモデルで、2リッターの6気筒のエンジンに加え、今日に受け継がれるデザインアイコン「キドニーグリル」の原型も採用されていた。
「3/15 PS」に続く「3/20 PS」で、BMWは初めて四輪車に自車開発のエンジンを搭載。1933年に登場した「303」(写真)は同社初の完全オリジナルのモデルで、2リッターの6気筒のエンジンに加え、今日に受け継がれるデザインアイコン「キドニーグリル」の原型も採用されていた。拡大
1936年にデビューした「326」。同車により、BMWは念願の大型高級車市場への参入を果たした。
1936年にデビューした「326」。同車により、BMWは念願の大型高級車市場への参入を果たした。拡大
戦間期における傑作スポーツカーのひとつとして数えられる「BMW 328」。軽量なボディーに2リッター直6エンジンを搭載しており、ルマンやミッレミリアなどのモータースポーツでも活躍した。
戦間期における傑作スポーツカーのひとつとして数えられる「BMW 328」。軽量なボディーに2リッター直6エンジンを搭載しており、ルマンやミッレミリアなどのモータースポーツでも活躍した。拡大
“コッパ・ブレシア”こと1940年のミッレミリアの様子。ブレシア周辺の公道で行われたこのレースで、「328」は総合優勝を果たした。
“コッパ・ブレシア”こと1940年のミッレミリアの様子。ブレシア周辺の公道で行われたこのレースで、「328」は総合優勝を果たした。拡大
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