イタリアを代表する小型車の誕生

1957年、「ヌオーヴァ500(新500)」が発売された。全長は2970mmで、479ccの空冷直列2気筒エンジンを搭載していた。パワーは13馬力だったが、85km/hのスピードが約束されていた。価格は、600より10万リラ以上安い49万リラ。当時イタリア人の平均年収は約100万リラで、年収の半分ほどで夢の自動車生活を始めることができたのだ。

トリノの街でパレードを行うなど、華々しいデビューを飾ったヌオーヴァ500だが、売り上げはまったく伸びなかった。内装が簡素すぎ、クロームパーツが一切ない質実剛健さが嫌われたのである。ヒーターすら付いていなかった。10月になって、フィアットはテコ入れを決める。ラインナップを「エコノミカ」と「ノルマーレ」の2車種に分け、ノルマーレにはサイドモールやヘッドランプのリムにクロームをあしらった。エンジンパワーは15馬力に高められ、最高速が95km/hに。従来型を引き継いだエコノミカは、価格が2万5000リラ引き下げられた。

翌年になると排気量を499.5ccにアップして21.5馬力を得た高性能モデルの「スポルト」が加えられ、レースでの活躍がヌオーヴァ500の名声を高めることになる。1975年までに約367万8000台が生産され、イタリアを代表する小型車となった。ヌオーヴァ500は、1959年にイタリアで最も権威のあるデザイン賞「コンパッソ・ドーロ」を獲得している。受賞理由として、次のように書かれていた。

「自動車の最も基本的な要素を注意深く再検討し、テクノロジーによる飾り気のない新しい表現に至る道に大きく一歩を踏み出した」

ミニマムだからこそ、自動車の本質を純粋な形で取り出すことができたのだ。

(文=webCG/イラスト=日野浦剛)

「ヌオーヴァ500」こと2代目「フィアット500」。主にスクーターを移動の足としていたイタリア庶民の間で、広く受け入れられていった。
「ヌオーヴァ500」こと2代目「フィアット500」。主にスクーターを移動の足としていたイタリア庶民の間で、広く受け入れられていった。拡大
2代目「フィアット500」の透視図。先に登場した「600」同様のRRレイアウトで、コンパクトな直列2気筒エンジンを搭載していた。
2代目「フィアット500」の透視図。先に登場した「600」同様のRRレイアウトで、コンパクトな直列2気筒エンジンを搭載していた。拡大
2代目「フィアット500」には、スポーツ走行を愛好する向きも注目。アバルトからは、エンジンを強化したチューニングカーが登場した。
2代目「フィアット500」には、スポーツ走行を愛好する向きも注目。アバルトからは、エンジンを強化したチューニングカーが登場した。拡大
1972年に登場した改良モデル「500R」。2代目「フィアット500」の生産は、後継モデル「126」が登場してからも続けられ、1977年までフィアットのエントリーモデルとしての役割を務め続けた。
1972年に登場した改良モデル「500R」。2代目「フィアット500」の生産は、後継モデル「126」が登場してからも続けられ、1977年までフィアットのエントリーモデルとしての役割を務め続けた。拡大
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