家庭菜園に「ミウラS」

「あれ」とは、もちろん「ランボルギーニ・ミウラ」である。ミウラのデビューは1966年。すでに53年が経過している。半世紀以上経過しているクルマの名前がなぜ? と読者の皆さんは思われるだろう。

まずランボルギーニ・ミウラのネーミングについておさらいしておこう。Miuraとはスペイン・セビリア地方で、ミウラ家が19世紀から経営している牧場の名前および、そこで飼育されていたどう猛な闘牛である。それを選んだのは、創業者フェルッチョ・ランボルギーニが、おうし座生まれであったからだった。

ちなみに筆者が小学生時代、「三浦という日本人が最初に発注したから、ミウラになった」と、物知りぶって吹聴していた上級生がいた。今会ったら問いただしてみたいものだ。

1955年の「フィアット600」と1957年の「フィアット500」はイタリアの戦後経済成長の幕開けを告げたクルマであったが、ミウラはその絶頂を象徴するモデルであった。

フランク・シナトラやイラン国王など多くのセレブリティーが買い求めたことも、自動車ファン以外にその名を広く知られるきっかけとなった。

楽観的な経済情勢の中、ミウラは一種の社会現象でもあったのだ。そうした空気をよりイメージさせてくれるのは、フェルッチョの長男トニーノの記述である。

「ボローニャのモンテ・グラッパ通りにバール・ミウラが開店し、果てはミウラ美容室、ミウラ・レコードまでできた」(トニーノ・ランボルギーニ著・拙訳『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』光人社 2004年より)

ミウラ・レコードに関してイタリアのウェブサイト『Archivi della musica』で検索してみると、1968年に創立されたレーベルとある。シンボルマークは雄牛の角を図案化したものである。

いっぽうで、前述のようにミウラが牧場や闘牛の名前だったことは、実はイタリアではほとんど知られていない。ミウラの名が広まったのは、明らかにランボルギーニ車があったからなのである。

今回の執筆を機会に、日本でいう『イエローページ』にあたる『パージネ・ジャッレ電子版』で調べてみると、今日でも「ミウラ」と称する商業施設がイタリア各地にリストアップされる。バールやピッツェリア、ホテル、写真館、農機具店、化粧品製造業とさまざまな業種にわたっているのがわかる。

そしてイタリアには「ミウラ」を名乗る、これまた別の商品もある。それを知ったのは、知人の菜園を訪ねたときだった。片隅に置かれていた園芸用肥料の袋を見て思わず声をあげた。

その名は「ミウラS」。1968年に登場した「ランボルギーニ・ミウラP400S」を想起させる。ミウラ時代のランボルギーニには存在しなかったF1がチェッカードフラッグとともに描かれていたり、「新フォーミュラ」という文字が加えられていたりするのは、やや勇み足といえる。

ただしよく見ると、そのF1はタイヤのトレッドパターンからしてトラクターである。農業用トラクターといえば、ランボルギーニの出発点だ。こうした点からも、この肥料は明らかにランボルギーニ・ミウラを意識したであろうことは間違いない。

「ランボルギーニ・ミウラP400SV」。ボローニャ県のフェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。
「ランボルギーニ・ミウラP400SV」。ボローニャ県のフェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。拡大
おうし座の男フェルッチョ・ランボルギーニ(左)は、闘牛にちなんだ名前を次々とスポーツカーに命名していった。フェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。
おうし座の男フェルッチョ・ランボルギーニ(左)は、闘牛にちなんだ名前を次々とスポーツカーに命名していった。フェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。拡大
「ランボルギーニ・ミウラP400SV」は、1971年から73年にかけて約150台が生産された。ボローニャ県のフェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。
「ランボルギーニ・ミウラP400SV」は、1971年から73年にかけて約150台が生産された。ボローニャ県のフェルッチョ・ランボルギーニ博物館で。拡大
園芸用肥料「ミウラS」は、ミラノに本拠を置く創業1969年のウニメール社製。
園芸用肥料「ミウラS」は、ミラノに本拠を置く創業1969年のウニメール社製。拡大
これは本物の1971年「ミウラP400S」。イタリアで活躍したロック歌手リトル・トニーが3台購入したうちの1台。2019年5月、イタリア・コモで開催されたコンコルソ・ヴィラ・デステにて。
これは本物の1971年「ミウラP400S」。イタリアで活躍したロック歌手リトル・トニーが3台購入したうちの1台。2019年5月、イタリア・コモで開催されたコンコルソ・ヴィラ・デステにて。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など数々の著書・訳書あり。

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