なにもかもが紙一重だった自動車生産開始

さらに、タイムリミットが迫っていることも判明した。対米英の関係が悪化し、軍事的な必要性から政府は自動車の国産化を進めようとしていた。自動車製造の認可を実績のある日本の自動車会社に絞り、独占的に生産させる計画を進めていたのだ。急いで“実績”をつくらなければ、自動車製造に乗り出すことができなくなる。

政府が求めるのは乗用車ではなく、軍用に使えるトラックである。喜一郎は、乗用車の開発と並行してトラックをつくることを決意する。「G1型」と名付けられたトラックの試作第1号車が8月に完成すると、喜一郎はすぐさま量産に移るように指示を出した。

1935年11月21日、東京の芝浦ガレージでG1型トラックの発表会が開催された。豊田自動織機製作所は、トラック製造の“実績”を示したのだ。ただし、なにもかもが見切り発車だったことは否めない。工場から発表会場までの自走では、途中の箱根越えでステアリングのサードアームが折れるなどのトラブルが続出。会場にたどり着いたのは発表会当日の午前4時という危うさだった。

生産体制も万全とは言い難かった。販売面はもっと準備不足で、ディーラー組織は影も形もなかった。喜一郎は日本GMの社員だった神谷正太郎を引き抜き、販売の全権を任せる。名古屋の大池町にあった社屋の屋上には、「国産トヨダ」のネオンが誇らしげに輝いた。翌年に図案マークを公募した際にブランド名が「トヨタ」に変わり、濁点が除かれた。

G1型トラックがショールームに並べられ、完成車は3200円という価格で販売されるようになった。工場渡しのシャシー価格は2900円で、これはシボレーやフォードよりも200円ほど安い値付けだった。年内に販売されたのは、合計14台である。わずかな台数だが、ディーラーは大忙しだった。初期トラブルが頻発し、修理に追われたからだ。

翌年9月、東京府商工奨励館で開かれた国産トヨダ大衆車完成記念展覧会の会場には、A1型を改良した「AA型乗用車」、G1型を改良した「GA型トラック」、さらにはバスや消防車など合計15台が華々しく展示された。この頃には一時の危機を完全に脱しており、喜一郎らは自動車メーカーとして力強い歩みを進めていた。1937年にはトヨタ自動車工業株式会社が設立。喜一郎は1941年に社長となり、彼の夢はすべて実現したかのように見えた。しかし、戦争へと突き進む日本で必要とされたのは、あくまでも軍用のトラックである。喜一郎が本当につくりたかったのは、アメリカ車に対抗しうる乗用車だったはずだ。

東京瓦斯電気工業が1917年に発表した、日本初の量産トラック「TEG-A型」。1930年代中盤に入ると、政府はこうした実績のあるメーカーに認可を絞る施策をとった。国内メーカーの育成に加え、フォードやGMを日本市場から締め出す意図もあったという。
東京瓦斯電気工業が1917年に発表した、日本初の量産トラック「TEG-A型」。1930年代中盤に入ると、政府はこうした実績のあるメーカーに認可を絞る施策をとった。国内メーカーの育成に加え、フォードやGMを日本市場から締め出す意図もあったという。拡大
豊田自動織機製作所にとって初の量産車となった「トヨダG1型トラック」。379台が生産された。(写真:トヨタ博物館)
豊田自動織機製作所にとって初の量産車となった「トヨダG1型トラック」。379台が生産された。(写真:トヨタ博物館)拡大
月間生産台数が100台を超えた1936年9月、豊田自動織機製作所は14~16日の3日間にわたり東京・丸の内の東京府商工奨励館で「国産トヨダ大衆車完成記念展覧会」を開催。15台の車両を展示した。
月間生産台数が100台を超えた1936年9月、豊田自動織機製作所は14~16日の3日間にわたり東京・丸の内の東京府商工奨励館で「国産トヨダ大衆車完成記念展覧会」を開催。15台の車両を展示した。拡大
輸出のため、船に積み込まれる「G1型トラック」のシャシー。問題山積の中で船出した豊田自動織機製作所の自動車事業だったが、1936年には刈谷の自動車組立工場の生産も軌道に乗り、日本の自動車産業の一翼を担う存在となっていった。
輸出のため、船に積み込まれる「G1型トラック」のシャシー。問題山積の中で船出した豊田自動織機製作所の自動車事業だったが、1936年には刈谷の自動車組立工場の生産も軌道に乗り、日本の自動車産業の一翼を担う存在となっていった。拡大
豊田自動織機製作所の自動車部は、1937年にトヨタ自動車工業として独立。1938年には挙母工場も稼働し、生産体制がより強化された。写真は挙母工場で組み立てられる「AA型乗用車」。
豊田自動織機製作所の自動車部は、1937年にトヨタ自動車工業として独立。1938年には挙母工場も稼働し、生産体制がより強化された。写真は挙母工場で組み立てられる「AA型乗用車」。拡大
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