革新的なアイデアを次々に実現

ものの本をひもとけば、そんな氏は大いなる“戦うクルマ”好きでもあって、例えば「ポルシェ906」や「907」、そして名車中の名車である「917」等々、チューリッヒ工科大学卒業後に最初に入社したポルシェでは、数々のレーシング・マシンを手がけていたことが分かる。舞台はサーキットに限らず、1972年に移籍したアウディでは、技術開発部門のトップとして4WDシステム「クワトロ」を搭載したマシンをラリーに送り込み、一大旋風を巻き起こしたこともつとに有名だ。

一方、戦いの舞台を“燃費”へと移して周囲を驚かせたのが、2002年に発表した「L1」と呼ばれる燃費スペシャルカーだった。“ピエヒ氏肝いり”の作品ゆえに、それが見せかけだけのコンセプトモデルなどでないのは当然。何しろ氏は、CFRP製のボディーに直噴単気筒のディーゼルエンジンを搭載した、車両重量わずかに290kgというこの奇妙なキャノピーハッチドア付きのタンデム2シーターカーで、本社工場のあるウォルフスブルクから株主総会が開催されるハンブルクまでのアウトバーンを含む約230kmの行程を、わずか2.1リッターの軽油だけで走り切るというデモンストレーションを敢行したのだ。

さらには、L1のコンセプトを踏襲しつつ、そこで得られたノウハウを元にパワーユニットをプラグインハイブリッドシステムへと変更したり、2座のシートレイアウトをオフセットさせた横並び式へと改めたりした「XL1」というモデルを開発し、台数限定とはいえ市販にこぎつけて見せた。

1969年のジュネーブモーターショーにおいて、世界初公開された「ポルシェ917」を前に、レーシングドライバーのゲルハルト・ミッターと談笑するフェルディナント・ピエヒ(右)。
1969年のジュネーブモーターショーにおいて、世界初公開された「ポルシェ917」を前に、レーシングドライバーのゲルハルト・ミッターと談笑するフェルディナント・ピエヒ(右)。拡大
「L1」を運転するピエヒ。彼は自らL1のハンドルを握り、ウォルフスブルクからハンブルクまで走るというデモンストレーションをやってみせた。
「L1」を運転するピエヒ。彼は自らL1のハンドルを握り、ウォルフスブルクからハンブルクまで走るというデモンストレーションをやってみせた。拡大
2013年に登場した「XL1」。重量と空気抵抗を徹底的に抑えたカーボン製のボディーに、2気筒ディーゼルエンジンと最高出力20kWの電動モーター、容量5.5kWhのリチウムイオンバッテリーからなるプラグインハイブリッド機構を搭載したモデルで、250台の台数限定で販売された。
2013年に登場した「XL1」。重量と空気抵抗を徹底的に抑えたカーボン製のボディーに、2気筒ディーゼルエンジンと最高出力20kWの電動モーター、容量5.5kWhのリチウムイオンバッテリーからなるプラグインハイブリッド機構を搭載したモデルで、250台の台数限定で販売された。拡大
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