「フォルクスワーゲン・ルポ」に宿るピエヒ氏の思い

しかしながら、個人的にそうした“特別なモデル”以上にピエヒという人物が身近に感じられたのは、1998年に登場した今はなき「フォルクスワーゲン・ルポ」である。「100kmの距離を3リッターの燃料で走る」ことに由来する「3L TDI」と名付けられたバージョンは明らかに“ピエヒのコミットメント”を実現させた一台だった。一方、当方が“ドイツ置き去り”で所有し、ヨーロッパの道をトータル8万kmほど走破するに至った「ルポGTI」は、それとは別のベクトルで、より“ピエヒらしさ”が充満するモデルだった。

一見、普通のコンパクトカーでありながら、軽量化のためにフロントフードやフェンダー、ドアをアルミ化。ヘッドライトは明るいバイキセノン式で、メータークラスターは専用デザイン。スチール製のリアフェンダーも、よく見れば張り出し量を増大させた専用のもの……と、兄貴分である「ゴルフ」譲りの心臓を、これも専用の6段MTと組み合わせて“1t切り”のボディーに載せたこのモデルは、「これでもか!」というほどにコストのかかった中身の持ち主だったのである。

そんなルポGTIを、明確に“ピエヒ氏の肝いり”と示す確証がどこかにあるわけではない。ただ、氏の社長就任が1993年であることからすれば、2000年デビューというタイミングはドンピシャだし、何よりも、前述のスペックを見れば、それはまさに“ピエヒの夢”ではないか。

振り返れば、自分にとってのルポGTIとは、まさにフェルディナント・ピエヒ氏そのものだったのかもしれない。だからこそ、あらためて「偉大な自動車人が亡くなってしまった」という実感もひとしおなのである。

(文=河村康彦/写真=アウディ、フォルクスワーゲン、ポルシェ/編集=堀田剛資)

スウェーデン・イエテボリで開催されたイベントにて、「フォルクスワーゲン・ルポ3L TDI」とフェルディナント・ピエヒ。(1999年)
スウェーデン・イエテボリで開催されたイベントにて、「フォルクスワーゲン・ルポ3L TDI」とフェルディナント・ピエヒ。(1999年)拡大
同グレード専用の軽量ボディ―に1.2リッターディーゼルエンジンを搭載した「ルポ3L TDI」。「3リッターの燃料で100km走れる」という燃費性能が特徴だった。
同グレード専用の軽量ボディ―に1.2リッターディーゼルエンジンを搭載した「ルポ3L TDI」。「3リッターの燃料で100km走れる」という燃費性能が特徴だった。拡大
あらゆる箇所に専用アイテムがおごられたホットハッチ「ルポGTI」。走りも期待にたがわぬもので、最高速は「6速でレブリミッターに当たるポイント」に設定されていたので、何度測ってもピタリ212km/h(GPSで確認済み)。ニュルに持ち込むと2周でブレーキが“終わる”ことには閉口したものの、5周回数券を何度も買って、しつこく走り回ったものだ。
あらゆる箇所に専用アイテムがおごられたホットハッチ「ルポGTI」。走りも期待にたがわぬもので、最高速は「6速でレブリミッターに当たるポイント」に設定されていたので、何度測ってもピタリ212km/h(GPSで確認済み)。ニュルに持ち込むと2周でブレーキが“終わる”ことには閉口したものの、5周回数券を何度も買って、しつこく走り回ったものだ。拡大
 
偉大なる自動車人フェルディナント・ピエヒが死去フォルクスワーゲングループを率いた巨人の足跡を思うの画像拡大
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