晩節を汚したヘンリー・フォード

計り知れないほどの功績を残しながらも、残念ながら晩節を汚してしまった人物といえば、ヘンリー・フォード(1863年-1947年)であろう。

今や小学生向け学習まんがにスティーブ・ジョブズが取り上げられる時代だ。だが、これまで、そうした本の世界ではトーマス・エジソンと並んで、ヘンリー・フォードは欠かせない人物だった。

1908年の「T型」で成功した大量生産方式は、20世紀の産業ばかりでなく社会を変える原動力となったことは、いまさらいうまでもない。

しかし、56歳の年である1919年に息子エドセルに社長の椅子を譲ってから、少しずつ老害ともいえるかたくなさを見せ始める。労働運動を抑え込むため、ボクサー上がりのハリー・ベネットを側近に雇い、暴力さえも辞さずに組合つぶしにかかった。

反ユダヤ主義にも傾倒。さらに本業ではT型の刷新を拒み続けた。そのため「すべての財布、すべての用途」を標榜(ひょうぼう)し、豊富なバリエーション攻勢をかけたゼネラルモーターズにあっさりと抜かれてしまう。

そして1943年に息子エドセルに先立たれると、再び社長に復帰。経営状態と、自分の健康状態双方が悪化して1945年に孫のヘンリー・フォードII世に譲るまでその座にあった。

まさに引き際を失ってしまったのである。筆者が子供のころに読んだヘンリー・フォード伝には、さすがにこのあたりは記されていなかったが、その光と影ともいえるコントラストは、すさまじい。

ヘンリー・フォードと1921年「フォードT型」。
ヘンリー・フォードと1921年「フォードT型」。拡大
米国ミシガン州ディアボーンのヘンリー・フォード博物館にて。1923年「フォードT型」の構造を示した展示。
米国ミシガン州ディアボーンのヘンリー・フォード博物館にて。1923年「フォードT型」の構造を示した展示。拡大
同館の「T型」の組み立て体験コーナー。
同館の「T型」の組み立て体験コーナー。拡大
「T型」のスケールモデルを通じて、作業の分業化を学べる一角。
「T型」のスケールモデルを通じて、作業の分業化を学べる一角。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など数々の著書・訳書あり。

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