第592回:ランボルギーニ初のHV「シアンFKP 37」発表
開発責任者レッジャーニCTOがスーパーカーの未来を語る

2019.10.09 エディターから一言
ランボルギーニ初の市販ハイブリッドモデル「シアンFKP 37」の開発の指揮を執った、マウリツィオ・レッジャーニCTO。同社の開発部門を長年にわたり統括している。
ランボルギーニ初の市販ハイブリッドモデル「シアンFKP 37」の開発の指揮を執った、マウリツィオ・レッジャーニCTO。同社の開発部門を長年にわたり統括している。拡大

シアンFKP 37」はランボルギーニ初のハイブリッドモデルであると同時に、マサチューセッツ工科大学(MIT)との共同開発コンセプトカー「テルツォ ミッレニオ」が示した未来の電動スーパーカーへの架け橋なのだという。同車の開発責任者マウリツィオ・レッジャーニCTOにその展望を聞いた。

 
「ランボルギーニ・シアンFKP 37」は2019年9月、IAA=フランクフルトモーターショーにて発表された。ランボルギーニの設立年である1963年にちなみ、63台が限定生産される。
「ランボルギーニ・シアンFKP 37」は2019年9月、IAA=フランクフルトモーターショーにて発表された。ランボルギーニの設立年である1963年にちなみ、63台が限定生産される。拡大
液晶ディスプレイを用いた「シアンFKP 37」のメーターパネル。ギアポジションの下に(写真は6速ギアを選択したシーン)、エネルギーモニターが表示されている。
液晶ディスプレイを用いた「シアンFKP 37」のメーターパネル。ギアポジションの下に(写真は6速ギアを選択したシーン)、エネルギーモニターが表示されている。拡大
車名は当初「シアン」と公表されていたが、フランクフルトショーの直前に逝去したフォルクスワーゲングループ元会長のフェルディナント・カール・ピエヒ氏に敬意を示し、同氏の名前の頭文字と生まれ年(1937年)の下2桁を加えた「シアンFKP 37」が正式名称となった。
車名は当初「シアン」と公表されていたが、フランクフルトショーの直前に逝去したフォルクスワーゲングループ元会長のフェルディナント・カール・ピエヒ氏に敬意を示し、同氏の名前の頭文字と生まれ年(1937年)の下2桁を加えた「シアンFKP 37」が正式名称となった。拡大

スーパーキャパシタには日本の技術も

さる2019年9月、IAA=フランクフルトモーターショーにて全世界初披露となったランボルギーニのスペチアーレ、シアンFKP 37。ちなみにFKP 37は、フォルクスワーゲングループ元会長フェルディナント・カール・ピエヒの名と生誕年を示すもので、8月末の訃報を受けてランボルギーニ側が氏への敬意を示したものだ。

そして本筋での車名となるシアンは、ランボルギーニのあるボローニャ地方での、稲妻の俗称だという。その名が示すのはすなわち、このクルマがランボルギーニ初のハイブリッドモデルであるということだ。そしてそれはありていな手段によるものではない。

「シアンFKP 37のモーターを駆動する動力源は、バッテリーではなくスーパーキャパシタです。これにより、小型軽量でエネルギー密度の高いハイブリッドシステムを構築することができました」

IAAの会場でそう語ったのは、長年ランボルギーニの技術部門を統括しているマウリツィオ・レッジャーニCTOだ。

シアンFKP 37のモーターアシストの動力源となる48Vのスーパーキャパシタはリアバルクヘッド部に搭載できるほど小さく、電力の充放電瞬発力にはたけている。そのぶん、蓄電容量はバッテリーに劣るため、EV的航続性能を重視する用途には向いていない。シアンFKP 37はスーパースポーツというキャラクターを利してその特性をうまく使いこなしているというわけだ。ちなみにスーパーキャパシタの開発は日本が先行しているが、具体的な企業名は挙げられなかったものの、シアンFKP 37にも日本企業の技術が投入されているという。

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