オープンモデル衰退の背景

まずは、販売現場の肌感覚を知りたい。知人でFCA系ディーラーの熟練セールスマンであるアンドレア氏(1970年生まれ)に聞くと、即座に「イタリア人がオープンモデルを嫌いになったわけではない」と答える。事実、彼自身も「アルファ・ロメオ・スパイダー」のオーナーである。

しかし「先行きが思わしくない昨今の経済状況下で、娯楽的要素の強いクルマは、選択の段階で脇に追いやられてしまうのだ」と分析してくれた。

ユーザー視点から考えると、オープンモデルの維持管理の難しさも、購入を踏みとどまらせる原因と筆者はみる。

日差しが強いイタリアでは、キャンバストップの劣化が激しい。リアウィンドウもビニール製だと、見る見る黄色に変色する。それを避けるにはガレージ保管が必須で、それには高いコストが掛かるのである。

一時オープンモデルの新世代の旗手として見られていたCCにも、デメリットが存在した。複雑な機構を持つため、車種にもよるが同じオープンモデルでもほろよりも150kg近く重くなることがあった。また、こちらも車種によるであろうが、第一線の開発関係者によるとCCのボディーはデリケートで、ルーフとは直接関係のない車体部分が損傷しても、開閉が困難になることがよくあるという。

デザインにも難があった。1990年代以降に登場したオープンモデルの多くはAピラーの傾斜が強く、ガラスの上端がドライバーの額に迫っていた。開閉機構を伴うシールド用ラバー類が厚いこともあって、その圧迫感は、クローズドボディーのクルマを運転しているのと変わらないという皮肉な状態だった。

次に社会的に観察すれば、かつてオープンを楽しんでいた世代の高齢化も背景にあろう。

23年前、筆者が渡伊して間もなく知りあった知人夫妻は当時50代。初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ カブリオ」と「スズキ・ジムニー」のキャンバストップ仕様という2台持ちでオープンエアモータリングを満喫していた。

彼らに連絡をとり、なぜオープン仕様を選んだのか質問すると、「当時は若かった」と答えが返ってきた。そして70代となった今は「楽なクルマのほうがいい」と話す。参考までに現在彼らは、ランチアのワンボックスカー「フェドラ」に乗っている。日本でいうところの団塊の世代である彼らが、イタリアにおけるオープン世代の最後なのである。

また、気候の温暖化により、オープンを楽しめる日が数少なくなってきたこともあろう。

昨2019年、イタリアは西暦1800年以来4番目に平均気温が高い年だった。他国同様、PM2.5問題も深刻さを増している。こうした報告からは、オープン日和がさらに望み薄になることがうかがえる。

こうつづる筆者だが、本当はオープンが好きである。東京時代に勤務していた出版社に、初代「ユーノス・ロードスター」「ホンダ・ビート」「スズキ・カプチーノ」といった長期テスト車がやってくるたび、担当者を拝み倒して借り出していたものである。ゆえに、オープンモデルが少数派になってゆく背景を記しながら、複雑な思いに駆られているのも事実だ。

ところで10年以上前にこちらで撮った写真を眺めていて、オープンと同様に少なくなったことに気づくボディータイプがある。

スーパーマーケットの店頭で。先代「フィアット500」と並ぶ「アルファ・ロメオ・スパイダー」の「シリーズ4」。2007年。
スーパーマーケットの店頭で。先代「フィアット500」と並ぶ「アルファ・ロメオ・スパイダー」の「シリーズ4」。2007年。拡大
ミラノの一角で。「スマート・ロードスター」。2008年撮影。
ミラノの一角で。「スマート・ロードスター」。2008年撮影。拡大
「フォルクスワーゲン・ニュービートル カブリオ」。2007年シエナ。
「フォルクスワーゲン・ニュービートル カブリオ」。2007年シエナ。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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