TOM'Sセンチュリー(FR/CVT)
金の価値では測れない 2020.04.28 試乗記 レーシングチームであるTOM'S(トムス)が仕立てたコンプリートカー「TOM'Sセンチュリー」に試乗。日本が誇るショーファードリブンは、TOM'Sの手でどのような“ドライバーズカー”に生まれ変わったのだろうか。うわさの真相
やれ購入前には身元調査がなされるだの、ローンは組めないだの、老舗ホテルでは迷わず玄関最寄りに誘導されるだの……と、「トヨタ・センチュリー」にまつわる都市伝説は枚挙にいとまがない。
が、僕が知る限りそのほとんどは膨らんだうわさ話にすぎない。保護法により個人情報が厳格に管理される中、市井の販売店がそんな調査などかけられるはずもなく、ホテルもクラシック系でもなければメルセデスの「Sクラス」と同じ扱いだ。ちなみにセンチュリー級の価格帯のクルマについては今日びローンは普通で、むしろ販売店からローン契約を勧められるほどだ。恐らくの理由は金融機関の与信が知らずして反社系との取引になってしまう状況を防止するフィルター的な役目を果たしてくれるからだろう。
ちなみにセンチュリーの場合、カスタマーの大半は法人や官公庁で契約はリースが基本。個人が普通に購入する案件が少ないのもこういうエピソードが独り歩きする理由でもある。砂漠でエンコしたロールスが……の話ではないが、半世紀以上、日本のエスタブリッシュメントに向けてつくり続けてきたという伝統を皮肉られた栄誉ということだ。
そんなやんごとなきセンチュリーをベースにカスタマイズされた車両が、コンプリートカーとして販売されているTOM'Sセンチュリーだ。
コンプリートカーの老舗
TOM'Sとは何ぞやについては、クルマ好きの皆さんに対して説明する必要はないだろう。トヨタのファクトリードライバーだった舘 信秀さんとトヨタディーラーのスポーツコーナー責任者だった大岩湛矣さんによって設立されたのは1974年のこと。以降、一貫してトヨタのモータースポーツを支えてきた。今年はコロナ禍の影響でまだ開幕に至っていないSUPER GTでは、ゼッケン36のauとゼッケン37のKeePerの、2台のGT500マシンを手がけている。
その活動と並行して進めてきたのが市販車のチューニングだ。設立の翌年、1975年には既にトヨタ認定のショップとして活動を開始し、ヘビーなエンジンパーツや“井桁”の愛称で親しまれた十字型8スポークホイールなどのヒット作を生み出してきた。ターボ&チップチューンがメジャー化した1980年代後半からは、トータルバランスを担保できるコンプリートカーの開発にも注力し、2000年以降はレース活動で得た信頼を背景に、トヨタの製造工場のラインでアッセンブリーされたコンプリートカーの発売にも踏み込んでいる。
TOM'Sの関係者に話を聞くと、現在、彼らのビジネスにおいてモータースポーツとカスタマイズは完全にクルマの両輪となっており、サーキットで培った知見がパーツやコンプリートカーに反映され、ブランドイメージ向上にもうまくつながっている状況だという。今回、ベースモデルにセンチュリーを選んだのは、ショーファードリブンとしてもオーナードリブンとしても高い動的資質を持ち、乗せられ感の強い高級ミニバンとは異なる世界観があることを再認識してほしかった点や、他にやれるコンストラクターがいないと思われる挑戦しがいのあるモデルだったからということだった。そしてなにより、舘さんが新しいセンチュリーに乗りたがっていたことも開発のモチベーションになったという。
内装表皮はフルオーダー可能
TOM'Sセンチュリーのエクステリアキットは、フロント&リアバンパースポイラーとサイドステップ、トランクスポイラーからなり、ベースモデルでは蒸着パーツで占められる下まわりをうまく活用して装着される。パワー&ドライブトレイン関係はノーマルだが、エキゾーストにはTOM'Sオリジナルの「トムス・バレル」を採用。重厚ながらも上品なサウンドとともにスロットルレスポンスの向上を果たしているという。
センチュリーはそもそもショーファードリブン想定のクルマゆえ、運転席環境はそれほどこだわった設(しつら)えではない。スイッチ類はセンターコンソールにごそっと並べられているし、メーター類も素っ気なく事務的だ。この辺りにはさすがに手を入れることが難しいが、そのぶん、TOM'Sセンチュリーでは内装表皮のフルオーダーが可能となっている。最上のナッパレザーは色数も多くカラーステッチとの組み合わせは無数。ベースモデルのレザーは2タイプゆえ、自分好みの内装に仕立てたいという向きには有力な選択肢となる。
試乗車の足元まわりはBBSの超超ジュラルミン鍛造ホイール「RZ-D」の19インチにブリヂストンの「レグノGR-XII」という組み合わせで、センチュリーのベースとなった「レクサスLS600h」の“Fスポーツ”と同じサイズになる。泣く子も黙る高級セットでバネ下の軽さがひと回り上手とはいえ、低速域からのサスの追従性は悪くはない。試乗エリアは大型トラックの往来が多く、シャコタン案件には大敵のわだちも多い環境だったが、タイヤの柔軟性も手伝って、進路を乱されたり上屋を弾まされたりというようなこともなく、スーッとフラットに車体を滑らせていく。当然ながら乗り心地はベースモデル同然とはいかずとも、リファインされた最新年次のLSに準ずるくらいの快適さが持たされているところに、後席乗員への配慮もうかがえる。
コーナリングも楽しめる
センチュリーはそのキャラクターとは裏腹に、ここ一番では5リッターV8のエンジンキャパに300N・mのモーター駆動も加わった侮れない加速力をみせるが、TOM'Sセンチュリーはそこに適度な音量のエキゾーストノートを重ねることでドライバーの高揚感をふんわりと高めてくれる。
前述の通り仕事場的な運転席環境ゆえ気づきにくいが、センチュリーにはドライブモードセレクターがあり、メーター内のファンクションモニターを介して「スポーツS」や「スポーツSプラス」への変更が可能だ。オーナーや賓客を送り届けた後は運転手の憂さ晴らしというわけではないだろうが、そのシークレット的な機能をTOM'Sセンチュリーはうまく生かしていて、コーナーでも低ロール&バウンドの安定したコーナリングが楽しめる。昨今の総体的にクイックなレシオに慣れた身には、やはり切り返しやタイトターンでの操舵量は多めかなという感じだが、径が小さめのステアリングのおかげで取り回しに煩わしさはない。そして足まわりの変化によって操舵フィールがグッとリアルさを増しているのにも感心させられた。
果たしてセンチュリーにそういうことを望む人がどれだけいるのかという見方もあるだろう。が、嗜好(しこう)は多数決によって排除されるものではない。36という限定数を手にするオーナーのためにしっかりとTOM'Sが手を尽くしたモデルとあらば、その価値はファンにとってプライスレスだろう。
(文=渡辺敏史/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
TOM'Sセンチュリー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5375×1930×1505mm
ホイールベース:3090mm
車重:2370kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:381PS(280kW)/6200rpm
エンジン最大トルク:510N・m(52.0kgf・m)/4000rpm
モーター最高出力:224PS(165kW)
モーター最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)
システム最高出力:431PS(317kW)
タイヤ:(前)245/45R19 98W/(後)245/45R19 98W(ブリヂストン・レグノGR-XII)
燃費:--km/リッター
価格:3097万6000円/テスト車=3215万1680円
オプション装備:アルミホイール<BBS RZ-D>(94万1600円)/タイヤ<ブリヂストン・レグノGR-XII>(23万4080円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1752km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:105.6km
使用燃料:11.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.9km/リッター(満タン法)/8.9km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。