バモス・ホンダからスズキ・キャリイまで

図Aの上の絵は、フロントにスペアタイヤが装着されていることからして1970年「バモス・ホンダ」を描いたものと思われる。同じく町内にホンダの二輪販売店があって、営業用としていち早く導入されたそのクルマのデザインに、いたく感激したのを覚えているからである。

下の絵には、クランクと思われるものが左側に見える。わが家にあった唯一の自家用車「モーリス・マイナー」は電気系統が弱く、父親がたびたびクランクで始動していたのを無意識のうちに観察していたのだろう。

ホイールのナット/ボルトにも関心をもっていたフシがある。

ここから後、幼稚園で描いたものはクレヨン画となる。色彩が豊かになった代わりに、それまでの作品に見られた偏執的といえるまでのディテールの大胆さには陰りが見える。

それでも、興味のおもむくままに描いた形跡が見て取れる。

図Bは2代目「トヨタ・カローラ」(E20系)である。近所の家にあったクルマを描いたものであろう。車体にも説明にも「1400」と排気量まで明記されている。前述のモーリス・マイナーや、その後わが家にやってきた「フォルクスワーゲン・タイプI(ビートル)」とは異なるバケットシートにも興味を抱いた形跡が見られる。

建機が頻繁に描かれているのは、当時の筆者の家の近くで大規模な橋の建設工事が始まったからである。

図Cは当時のスズキ販売店を描いたものと思われる。ウィンドウの「6」は車検ステッカーを表している。

後方には「キャリー(キャリイ)」と「中古車」ののぼりが寝かせてある。後者は漢字がすらすらと書けたわけではなく、図像として認識していたのであろう。その証拠に3文字の縦線が貫通している。

われながら面白いのは、人や動物、恐竜もしくは怪獣といった一般の子どもが描きたがるモチーフがほぼ見られないことである。

図A。上は、前部のスペアタイヤからして「バモス・ホンダ」に感激して描いたに違いない。
図A。上は、前部のスペアタイヤからして「バモス・ホンダ」に感激して描いたに違いない。拡大
バモス・ホンダ
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図B。幼稚園で描いた2代目「トヨタ・カローラ」は近所の家にあったクルマだ。
図B。幼稚園で描いた2代目「トヨタ・カローラ」は近所の家にあったクルマだ。拡大
2代目トヨタ・カローラ
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図C。スズキの販売店。窓の縦線は、軽トラック「キャリイ」の車室と荷台とを仕切るバー(鳥居)を表現したものである。
図C。スズキの販売店。窓の縦線は、軽トラック「キャリイ」の車室と荷台とを仕切るバー(鳥居)を表現したものである。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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