ロータス・エリーゼ ヘリテージエディション(MR/6MT)
孤高のモダンスポーツカー 2020.05.28 試乗記 日本限定モデルとして開発された、特別な「ロータス・エリーゼ」に試乗。こだわりのカラーリングも魅力だが、その走りは、ほかのスポーツカーでは得がたいドライビングプレジャーに満ちていた。見ているだけでうっとり
オールドイングリッシュホワイトのボディーカラーに勿忘草(ワスレナグザ)の花の色のような明るいブルーのストライプがボディーの先端からリアまで入っている。これが「ヘリテージエディション」と名付けられて、2019年夏に発売になったエリーゼの特別仕様の特徴である。
このストライプの色には、ノットブルーと呼ばれる青色だけではなくて、ベノムレッドという鮮烈な赤、アロエグリーンという若草色もある。全部で3色。ストライプの色はそれぞれインテリアカラーとコーディネートされている。
試乗車のノットブルーの場合、ドアを開けると、シートやドアの内側、それにギアボックスの周辺がストライプのブルーよりも落ち着いたブルーのレザーで覆われていて、いつものエリーゼよりおとなびて見える。本来はアルミの無機質さと最低限以下の機能しか持たない、機能一辺倒のコックピットに、ある種の情感が漂っている。
オールドイングリッシュホワイトにレーシングストライプという組み合わせは、1960年代のクラシックなレーシングカーを思わせる現行エリーゼのデザインにとてもよく似合っていて、さわやかな5月の空の下で見るとキュートでラブリーで、内装のおとなっぽさとのギャップもまたステキだ。
希少性という価値も
ヘリテージエディションは、ロータスの日本の輸入元のエルシーアイが本社に相談して、本社が日本市場だけのために仕立てた特別仕様車だそうで、青、赤、緑、それぞれ10台ずつしか地球上に存在しない。全部合わせて、30台ぽっきり。
いま、目の前にあるから、当たり前の存在だ、と私なんぞは思ってしまうけれど、そうではない。自分で仕立てるとなったら大変だし、自分で仕立てるとして、これほど趣味よくできあがるだろうか。おそらく、日本でこんなステキなエリーゼが発売された、と知ったイギリス人はじだんだ踏んで悔しがるのではあるまいか。
2020年5月、ロータスは世界限定100台でエリーゼの「クラシックヘリテージエディション」という特別仕様車を発表したけれど、それはこの日本限定のヘリテージエディションがきっかけになって生まれたに違いない。と勝手な想像をするぐらいカッコイイ、と筆者は思うのです。
価格は789万5250円で、少々お高い。「ポルシェ718ボクスター」より50万円ほども値がはる。でも、ベースになった「エリーゼ スポーツ220 II」の682万円に、オプションのレザーパックやデタッチャブルハードトップがあらかじめ組み込まれていると知れば、納得できる。しかも、世界に、色違いも含めて30台しかないエリーゼである。
肉体的な若さは必要
運転してみての高揚感はエリーゼならではで、フェイズ3に限っても2011年の登場だからはや9年、フェイズ1から数えたら、1996年登場だからはや20年超になるわけだけれど、いまでもフレッシュで、フォーエバーヤング、永遠の18歳、青春カムバック!! という感じ。
なんせ乗降の際に若い肉体を要求する。全長3800×全幅1720×全高1130mm、ホイールベース2300mmという、この小さなライトウェイトスポーツカーは、文字通り敷居が高い。乗るときにサイドシルに足がひっかかって、つっちゃったりする可能性もある。お気をつけください。
乗り込んだら、そこは快適な空間だ。まずはスターターのキーをちょっとひねってから、キーに付いているイモビライザーの解除ボタンを押し、それからステアリングホイールの右側のダッシュボードに設けられたスターターボタンを押す。すると、背後から元気のいいサウンドが聞こえてくる。
現行エリーゼはいつのまにか自然吸気エンジンがラインナップから落ちていて、スーパーチャージャー付き1.8リッターの2ZR-FEユニットのみになっている。オリジナルは132PSの2ZR-FE、トヨタのミニバン用4気筒DOHCエンジンに、マグナソンR900スーパーチャージャーという、イートンのローターを用いた機械式過給機を装着し、ロータス独自の電子制御を採用することで最高出力220PSと最大トルク250N・mを稼ぎ出す。2011年にMY2012の「エリーゼS」用として登場したこのユニットは、よりフレキシブルで、よりレスポンシブ、それでいてより低燃費で、CO2の発生も少ないとされる。
クラッチは見かけ(といっても受け取り方はひとさまざまでしょうけれど、筆者はキュートでラブリーだと思っているわけである)のわりに踏力を要する。紙みたいにペナペナでもスカスカでもなくて“足ごたえ”がある。オーバー200PSで、250N・mのトルクを発生するエンジンなりの足ごたえなのだ。こう書くと当たり前だけれど。
フォーミュラカーのごとし
ラック&ピニオンのステアリングは、いまどき貴重なノンパワーで、ごくごく小径の、オモチャの自動車みたいに小さなステアリングホイールも、ヘラクレスの腕っぷしが必要なほどには重くはないにしても、パーキングスピードではフロントの195/50R16サイズのタイヤにふさわしい手ごたえがある。
スケルトン構造の6段マニュアルギアボックスもまたしかりで、ガッチャンガッチャン、豊田自動織機がハタを織るがごとし。って、豊田自動織機については実はよく知りませんけど、ともかくグニョグニョの正反対で、エリーゼ スポーツ220 IIはエキゾーストの野太くてイギリス車らしいサウンドも含めて、全体にカチッとした硬さがあって、男っぽい。
スーパーチャージドユニットは極低速ではスカスカに感じる。2000rpm以上回っていないと、力が湧き上がってこない。なので、発進時は一瞬、モッサリしている。でも、走りだしてしまえば、そんな感覚があったことさえ、すっかり忘れてしまう。
乗り心地はやや硬めだ。コイルスプリングはアイバッハ、ダンパーはビルシュタインというドイツものが使われているゆえかもしれない。それでいて、ストローク感がある。
地面に座っているかのような低い着座位置から、フロントスクリーン越しに左右フェンダーのふくらみがはっきりと見える。路面の凸凹に対して、適度に揺れて、ステアリングにはキックバックも伝わる。だから、ドライビングの実感がある。さながらフォーミュラカーで公道を走っているがごとしである。直進安定性は、2300mmのショートホイールベースゆえにすばらしくよくはない。そこにまた、バーチャルではない、リアルがある。
走りの決め手は軽さ
山道では、ステアリングフィールのすばらしさにほれぼれした。タイヤのアドヒージョンが伝わってくるかのような感触。アクセルの踏み加減でボディーが動くのも印象的で、荷重移動がはっきりわかる。もしかして、実はさほど動いてはいないのかもしれない。ドライバーの操作とクルマの動きのあいだに夾雑(きょうざつ)物がない。0.001mmの薄い膜もない。ダイレクトなナマ感覚ゆえに、そう感じさせる、ということか……。
ハンドリングは、パワーアップに合わせてだろう、自然吸気のエリーゼに比べると安定志向に振られているように思う。ひらりひらひら、と風のように舞う感覚ではない。アクセルペダルを踏み込むと、ドンッとリアが踏ん張って猛ダッシュする。その痛快な加速感覚を楽しむ。そういうドライビングにおのずとなるのは、スーパーカー並みに速いからだ。
0-100km/h加速4.6秒というのは、最高出力300PSの「ポルシェ718ケイマン/ボクスター」の6段MTよりコンマ5秒速く、同350PSの「718ケイマンS/ボクスターS」と同タイムである。軽量級のボクシングの選手が練習を積んでいるうち、プロ生活を送っているうちに、いつしか階級を上げることになっていた、みたいことがエリーゼにも起こっている。とはいえ、以上はあくまで自然吸気のエリーゼとの比較であって、エリーゼにはエリーゼの、大量生産のスポーツカーとは一線を画す、エリーゼだけの魅力が依然としてある。カタログ上で904kg、車検証でも940kgという軽さがそれだ。
正直に申し上げると、筆者はフォーミュラカーに乗ったことがない。豊田自動織機のたとえと同様、見たことはある。つまり、想像の産物なのです。けれど、そんな想像をさせるモダンスポーツカーはロータス・エリーゼだけだ。吹けば飛ぶような将棋のコマのような軽さが、ある種の不安定感を乗員にもたらす。その不安定感こそがリアルであり、エリーゼの醍醐味(だいごみ)なのだ。
デビューしてすでに四半世紀。わがエリーゼくんは永久に不滅です! 唐突ながら、長嶋茂雄の引退のフレーズで締めさせていただきます。
(文=今尾直樹/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ロータス・エリーゼ ヘリテージエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3800×1720×1130mm
ホイールベース:2300mm
車重:904kg
駆動方式:MR
エンジン:1.8リッター直4 DOHC 16バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:6段MT
最高出力:220PS(162kW)/6800rpm
最大トルク:250N・m(25.4kgf・m)/4600rpm
タイヤ:(前)195/50R16/(後)225/45R17(ヨコハマ・アドバンスポーツV105)
燃費:--km/リッター
価格:789万5250円/テスト車=791万0650円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション ETC車載器(1万5400円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:5323km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:281.9km
使用燃料:25.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:11.0km/リッター(満タン法)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。