カリーナはイタチ、マークIIはサムライ

車歴を見れば一目瞭然だが、トヨタへの忠誠心が異様に強い。妙なことを言っている。

「ある公理によれば、妻はロシア人でなければならないが自動車は日本車でなければならない。最良の自動車はトヨタである。トヨタは壊れないからだ」

作品の中で、日本車のロシア的呼び名やスラングが紹介されている。「ソアラ」のはサンマ、「ハリアー」はイタチ、「セリカ」は処女。6代目「カリーナ」はほほ笑み、10代目「コロナ」は樽(たる)、7代目「マークII」はサムライである。

アフチェンコが2010年に手に入れたのは、“ずるいやつ”を意味するヒトリーラ。「日産エクストレイル」のことである。2008年に規制が強化されて車齢5年以内のクルマしか輸入できなくなっていたから、ぎりぎりセーフの2005年モデルだ。この年の12月に「制御機関が右側にある輸送機関の流通は禁止される」という発表があったが、翌年になって撤回された。ウラジオストク住民と中央政府の戦いはまだ続いているのだ。グーグルのストリートビューを見るとウラジオストク市街には多くの日本車が走り回っているので、人々は右ハンドル弾圧に屈してはいないようである。

トヨタは2007年からロシアでの現地生産を開始しているが、アフチェンコの関心は薄い。自由は右ハンドルに宿るのだ。全編を通して、彼のクルマに対する熱い思いがあふれている。クルマが走る様子の描写は詩のような言葉でつづられており、信仰告白のようにも映る。とてつもない熱量に圧倒されるが、これはウラジオストク住民には共通しているらしい。アフチェンコが同志として紹介しているのは、犯罪界出身の映像作家ヴィターリイ・ジョーモチカだ。自分の経験をもとにして、自動車ビジネスをめぐるギャングの抗争を扱ったテレビドラマを制作している。“виталий дёмочка спец”という文字列で検索すると、日本車が派手にカーチェイスを繰り広げる動画を観ることができるはずだ。

小説では、ミハイル・タルコフスキイ(アンドレイ・タルコフスキイのおい!)の書いた『トヨタ・クレスタ』という作品があるという。アフチェンコもロックミュージシャンのイリヤ・ラグチェンコと共著で『ウラジオストク3000』というSF小説を発表した。ウラジオストクが独立して右ハンドル車がバンバン走る平行世界を描いているそうだ。どちらも未訳。誰か訳して出版してください!

(文=鈴木真人)

「日産エクストレイル」
2000年にデビューしたミドルサイズSUV。現在は3代目となっているが、アフチェンコが手に入れたのは初代モデル。
「日産エクストレイル」
	2000年にデビューしたミドルサイズSUV。現在は3代目となっているが、アフチェンコが手に入れたのは初代モデル。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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