スプリンター“森昌子”トレノ

個人的に、人名ネックネームのついたクルマで思い出すのは小学生時代の通学路だ。

ある家庭のガレージに収まっているクルマを見て、同級生が「(歌手の)森昌子に見える」と言った。

そこにあったのは「トヨタ・スプリンタートレノ」(TE27型)だった。聞けば「顔が森昌子に似ている」と指摘する。

確かに、ヘッドランプのトリム形状は、森昌子の垂れ目に近似していた。

1950年代の黄金期におけるGMのデザイナーたちは、過重労働で異性とのデートもままならなかった。彼らはそのリビドーを発散すべく、女性の体を車両に投影していった(「GMデザインの黄金時代とハーリー・アール ~50年代のアメリカ車はいかに生まれたか」大川 悠訳 『SUPER CG』第7号 1990年)。

TE27が開発された当時の日本は第1次石油危機直前。トヨタと日産が「カローラ」(および「スプリンター」)と「サニー」で熱い戦いを繰り広げていた時代である。

残業に残業を重ねたトヨタのデザイナーが意図的に、もしくは気がつけば森昌子をトレノに投影していた、というファンタジーにふけることもできる。

しかし当時を振り返れば、以後『自動車ガイドブック』でTE27型スプリンターを見るたび、『せんせい』の歌詞が浮かぶようになってしまった。

同級生の間でも、いくら筆者が「あれはスプリンターというクルマだ」と教えても、「森昌子」派が多数を占めるようになり悲しかった。

あのスプリンター“森昌子”トレノがあった家のガレージには、今や高齢となったオーナーによって、トヨタオート店改めネッツ店で買った「プリウス」あたりが収まっているのだろうか。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、スズキ、トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

筆者の小学生時代、同級生が“森昌子”と命名した「トヨタ・スプリンタートレノ」(TE27型)。
筆者の小学生時代、同級生が“森昌子”と命名した「トヨタ・スプリンタートレノ」(TE27型)。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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