工場としての最後

そして2000年12月、フィアットが重大な経営危機に直面したのをきっかけに、アレーゼ工場の敷地はアメリカ系不動産開発企業のAIGリンカーンとイタリアの不動産会社エステート・セイに売却された。

アレーゼでつくられた最後のアルファ・ロメオは「スパイダー」および「GTV」(916)だった。ちなみに両車は2000年以降、トリノのピニンファリーナに移されて継続生産された。

それとは別に、敷地売却後も残存設備の一部を用いて「フィアット・ムルティプラ」の電気自動車仕様が2005年までほそぼそとつくられた。アルファ・ロメオの開発部門はトリノに統合された。

筆者が2度目にアレーゼを訪れたのは2006年のことであった。当時撮影した写真でご覧いただければ分かるように、工場に隣接した技術センター棟の周辺には雑草が生い茂っていた。

当時すでにAIGリンカーンによって「アルファ・ビジネスパーク」と名付けられた物流拠点の計画が発表されていた。マルペンサ空港やミラノ新メッセ会場に近いことから、戦略的拠点になるという構想だった。

しかしその構想を示した看板は、遅々として進まぬ計画を象徴するかのように、筆者が訪れた時にはすでに劣化していた。その上、元自動車工場従業員によるものか、それとも交通量増加による環境破壊を危惧した者によるものかは不明だが、スプレー塗料で「NO AL POLO LOGISTICO(物流拠点反対)」と落書きされていた。

「8Cコンペティツィオーネ」「ミト」といった華やかなモデルでアルファ・ロメオが再び話題を振りまく前夜の話である。

地元食堂の店主は「昔のアレーゼは活気があったものだよ」と苦笑し、イベントでやってきたファンの一人は「もしアルファ・ロメオがフォルクスワーゲン グループに吸収されていれば、アウディのようになっていたのに」とため息をついた。

2013年には最後まで残っていた79人の従業員が解雇されている。

物流拠点の構想図。すでに「反対」の落書きが加えられている。2006年5月撮影。
物流拠点の構想図。すでに「反対」の落書きが加えられている。2006年5月撮影。拡大
以下はすべて2020年7月撮影。旧アルファ・ロメオ工場の敷地内。
以下はすべて2020年7月撮影。旧アルファ・ロメオ工場の敷地内。拡大
工場棟の外見はかなり劣化しているが……。
工場棟の外見はかなり劣化しているが……。拡大
今日では物流拠点のライナーテビジネスパークとして稼働している。主に運送会社やアパレル産業などがロジスティックセンターとして使用している。
今日では物流拠点のライナーテビジネスパークとして稼働している。主に運送会社やアパレル産業などがロジスティックセンターとして使用している。拡大
技術開発センター棟の現況。現在内部にはFCAのカスタマーケアセンターがある。
技術開発センター棟の現況。現在内部にはFCAのカスタマーケアセンターがある。拡大
別の角度から見ると、退色した屋上部分や痛々しく曲がったブラインドも目に入る。
別の角度から見ると、退色した屋上部分や痛々しく曲がったブラインドも目に入る。拡大
あるフロアの窓からは、残された製図板が確認できた。
あるフロアの窓からは、残された製図板が確認できた。拡大
旧技術開発センター棟に面した街路は、ジュゼッペ・ルラーギ通りと名付けられている。
旧技術開発センター棟に面した街路は、ジュゼッペ・ルラーギ通りと名付けられている。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

アルファ・ロメオ の中古車
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