「街のスター」の栄光と没落

そして2011年12月、ついにパリでブルーカーを用いたシェアリングサービス「オトリブ」が開始された。それは2007年導入の自転車シェアリングサービス「ヴェリブ」に続くものとして世界から注目された。当時どれだけの識者がこのヴェリブとオトリブを未来の都市交通の理想像として取り上げたことだろう。ブルーカーにとって最も華やかな時期だった。

筆者も翌2012年の本欄第246回でパリからオトリブについて報じ、続く第247回では実際に運転した様子を動画でリポートしている。

ただし当時も記したように、登録ステーションは無人をうたっているにもかかわらず、実際にはディスプレイを通じてオペレーターとの対話が必要だった。車両の開錠には端末から出力される紙製カードを使ういっぽうで、実際の始動にはステアリングコラムにワイヤでぶら下がるキーを使う。今日のシェアリングサービスのように、スマートフォンで多様なオペレーションが可能になる前夜の仕様であったのだ。

サービス開始からわずか半年にもかかわらず、筆者が利用した時には車内がかなり汚れていた。デート用に使えるような清潔感からは程遠く、後年になってもそうした状態は続いた。洗車の頻度が低いとみえて、例のステンレス製ボディーもパリを訪れるたびに汚くなっていった。無人登録ステーションも気がつけば、ホームレスの人が夜泊まったと思われる形跡が見られるようになった。

オトリブは事業としても軌道に乗らず、赤字は増え続けた。ついに約6年半後の2018年6月、パリ市はボロレとの契約解除を決めた。こちらについては、第560回に詳しい。

以上が、これまで筆者が記してきたブルーカーに関することである。

「オトリブ」用ステーションの前を、「ヴェリブ」のシェア自転車に乗った人が行く。一時はこれが未来の図だと思ったものだ。2017年にパリで撮影。
「オトリブ」用ステーションの前を、「ヴェリブ」のシェア自転車に乗った人が行く。一時はこれが未来の図だと思ったものだ。2017年にパリで撮影。拡大
「オトリブ」の無人登録ステーションを試す筆者。2012年5月にパリで。
「オトリブ」の無人登録ステーションを試す筆者。2012年5月にパリで。拡大
解錠用の紙カードをサイドウィンドウのセンサーにかざす。2012年5月にパリで。
解錠用の紙カードをサイドウィンドウのセンサーにかざす。2012年5月にパリで。拡大
乗車までのあまりの面倒くささに泣いてしまった筆者。2012年5月、パリで撮影。
乗車までのあまりの面倒くささに泣いてしまった筆者。2012年5月、パリで撮影。拡大
「オトリブ」の無人登録ステーション。2012年5月時点では、まだきれいだったが、その後は荒れていった。
「オトリブ」の無人登録ステーション。2012年5月時点では、まだきれいだったが、その後は荒れていった。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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