ホンダN-ONE RS(FF/6MT)
気分はスポーツドライバー 2021.03.03 試乗記 ボディーパネルの大半をキャリーオーバーという前代未聞のフルモデルチェンジを果たした「ホンダN-ONE」。となると、中身のブラッシュアップに相当な熱意が込められていると考えるのが自然だろう。新規設定されたターボエンジン×6段MT仕様に試乗した。いいものは安くない
昨2020年も「ホンダN-BOX」の王座は揺るぎなかった。このご時世ゆえに2019年よりも2割以上減ったが、それでも20万台近くを売り上げて軽自動車では6年連続販売台数トップ、さらに普通車(登録車)を含む年間新車販売台数でも4年連続の王座である(登録車トップの「トヨタ・ヤリス」は15万台強だった)。やはりお客さまは神さまである。要するに分かっていらっしゃるということだ、と推察する。いち早く低価格・低燃費路線を抜け出した「Nシリーズ」の、一般的な軽自動車のレベルを超えたつくりと簡潔だがキュートなスタイルが広く認知されているのだろう。ただし、そのぶん値段も安くはない。ベースグレードは140万円台からあるが、ターボエンジン搭載の上級モデルは200万円を超える。この新型「N-ONE RS」もほぼ200万円、ヤリスならば1.5リッターのハイブリッドモデルが買える値段である。
先日ついに引退を明らかにしたスズキの鈴木 修会長が4代目社長就任直後に発売した初代「アルト」(1979年発売)が、「アルト47万円」のキャッチコピーとともに全国統一の低価格で業界を揺るがしたことを記憶している方も少なくなったに違いない。思えばあれが軽自動車の王者スズキの第一歩だった。もちろん現代の軽自動車とはあらゆる面で比較にならないとはいえ、ほぼ200万円のN-ONE RSという価格を知ると、中古の「ライフ」(「N360」の後継モデル)や「Z」(水中メガネと呼ばれたあれ)で運転を覚えた世代としては、しみじみ時がたったことを実感してしまうのである。
中身一新、外観はキープ
2017年のN-BOXを皮切りに「N-VAN」(新規追加)に「N-WGN」、そして今回の新型N-ONEの登場で、ホンダのいわゆるNシリーズはすべて2世代目に代替わりしたことになる。新しいN-ONEはプラットフォームもパワートレインも一新されたフルモデルチェンジだが、外観はほとんど変わらず(実際にドアやフェンダー、ボンネットやルーフは従来型と共通)、見た目では新型と気づかない人もいるのではないかというぐらいだ。
もともとN-ONEはホンダ初の量産乗用車N360を本歌取りしたシンプルでエステティック(審美的)なデザインが特徴で、N-BOXに比べればずっと販売台数は少ないとはいえ、世の人気を得ているとの判断から新型は潔いほどのキープコンセプトを貫いている。もっとも、LEDを多用するなど細部はより洗練されている。ゴテゴテ飾り立てるのではなく、簡潔だが上質に見えるボディー各部のディテールに加えて、メタル調トリムやレザーのステッチ風加飾などを使用しなくても、樹脂パネルのクオリティーに配慮すればスッキリ美しくモダンなインテリアを作り出せるという好例だろう。
ひと昔前なら、これほど上質で価格も上がったモデルの登場に対して軽自動車の優遇措置の見直し論議が浮上したはずだが、今や国内乗用車メーカーで軽自動車と無縁の企業はなく、軽自動車の販売台数も全体のおよそ4割を占めるほどになっており、そのような動きは見られない。ただし、この先は例の電動化というもっと深刻な課題に直面するだろう。現行の軽自動車用マイルドハイブリッド程度では燃費改善効果は微々たるものだが、それでさえコストアップは避けられないからだ。
踏むとやたらに忙しい
RSはS07B型3気筒ターボを搭載するFWDのみとなる。従来はCVTとの組み合わせだったが、この新型で6段MTモデルも追加されたことがトピックである。N-BOXなどにも積まれているロングストロークの3気筒ターボは最高出力64PS/6000rpmと最大トルク104N・m/2600rpmを発生する。自然吸気(NA)版のスペックは同58PS/7300rpmと同65N・m/4800rpmというもので、自主規制のために最高出力は大差ないが、トルクは明らかに余裕があり、しかも低回転から生み出されていることが分かる。おかげで運転はイージーだ。頑張って回さなくても、街なかや郊外路でスイスイと流れに乗って走るのは容易であり、そういう場面では非力さはまったく感じない。
もっとも、元気よく走ろうとすると、ローギアードかつレスポンスが鋭いせいで、あっという間に吹け上がって頭打ちになってしまう。軽自動車のターボということで予想はしていたが、やはり大変にせわしない。ごく普通に走るぶんには、飛ばしシフトをしても問題ないぐらいのトルクが手に入る一方、目いっぱい踏むとエンジンの伸びを楽しんでシフトを操るというよりは(シフトそのものは軽く正確)、とにかくせかされている感じだ。小型オートバイのようにプンプン回るのはいいとしても、実際の速度が大したことはないせいでむしろ玩具感が先に立ってしまうのだ。それでも、スロットル操作と実際の加速とのタイムラグが避けられないCVTを選ぶぐらいなら、多少の不満があってもダイレクトな反応が手に入るマニュアルのほうがまだしも、である。
分かっている人向き
ハンドリングも同様である。分かっている人がその不自由さをあえて楽しむなら何の問題もないが、RSのマニュアルという響きに引かれたビギナーが調子に乗って飛ばすことを考えるとちょっと心配でもある。コーナーではどうしても腰高な感じが否めず、斜め前に軌跡が膨らんでしまう点が不安だ。N-BOXほどではないが、トレッドが狭く、車高が高い(FWDの全高は全車1545mm)、すなわち重心が高いという弱点はごまかしようがないのだ。
ちなみに、N-ONEオーナーズカップというナンバー付き車両によるワンメイクレースが開催されているが(今のところマシンはFWDのCVT仕様に限られている)、レース用に一定の改造が施されているとはいえ、上位に食い込むにはちょっと特殊なセッティングと操縦が必要だと聞く。敷居は低いが、奥は深いのである。
あっという間に吹け切るエンジンを、クロースした6段MTで使いこなす楽しみもあるのだろうが、正直言ってワインディングロードでコントロールを楽しむというレベルまではいかないのが現実だ。軽自動車のメリットとデメリットを分かっている人が肩の力を抜いて走るクルマだろう。真剣にドライビングを楽しみたいならば、軽自動車ではない他のクルマ、例えば「マツダ・ロードスター」を薦めたいところだが、そうなると素のモデル(これがイチオシ)でもあと50万は必要になるし、2シーターには踏み切れないのも理解できる。だったら中古の輸入車という手もあるが、トラブルが怖くてとんでもない、という向きにははなから相手にされないのもまた事実。という具合にいつまでも終わりはない。だからクルマ選びは悩ましくも楽しいのである。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダN-ONE RS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1545mm
ホイールベース:2520mm
車重:840kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64PS(47kW)/6000rpm
最大トルク:104N・m(10.6kgf・m)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ダンロップ・エナセーブEC300)
燃費:21.6km/リッター(WLTCモード)
価格:199万9800円/テスト車=241万1959円
オプション装備:オプション装備:ボディーカラー<プレミアムイエロー・パールII&ブラック>(8万2500円) ※以下、販売店オプション Gathersナビゲーションシステム<VXU-217NBi+DRC+後方カメラ>(25万9600円)/デジタルTV用フィルムアンテナ(7150円)/ナビ取り付けアタッチメント(6600円)/ドライブレコーダー サブアタッチメント(209円)/ETC2.0車載器(1万9800円)/ETC2.0車載器取り付けアタッチメント(7700円)/フロアカーペットマット(2万8600円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2680km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:325.4km
使用燃料:22.9リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:14.2km/リッター(満タン法)/14.3km/リッター(車載燃費計計測値)
